放送波を使って広告を切り替え
デジタルサイネージの前に立った人物を認識するのではなく、体感温度や湿度に基づいて、デジタルサイネージの広告を出し分ける試みもある。
FM放送大手のエフエム東京のグループ会社、TOKYO SMARTCAST(東京都千代田区)が、首都高速道路沿いなどに大型屋外サイネージを展開するヒット(東京都中央区)のデジタルサイネージを利用し、2017年11月23~26日に取り組んだ「体感温度や湿度に応じて広告を出し分ける実証実験」がその1つだ。広告主として、アサヒ飲料が協力した。
実験の詳細はこんな具合だ。ヒットが運営する首都高速沿いの屋外デジタルサイネージのうち、首都高速3号線下りの大橋ジャンクションに近い池尻大橋駅付近と、首都高速4号線下りの明大前駅付近という交通量の多い2カ所を対象に選出。アサヒ飲料の広告クリエイティブをあらかじめ複数用意しておき、気象情報会社ハレックス(東京都品川区)から気象情報の提供を受けて、広告を出し分けた。
朝8~10時は、前日と比べて体感温度が3度以上低い場合は「寒い朝は、キリッと。」という文言の「ワンダ モーニングショット」、そうでなく暖かい朝の場合は「朝は、キリッと。」という文言の「ワンダ モーニングショット」を出し分けた。また朝10~12時は、湿度50%以上だと「朝は、キリッと。」という文言の「ワンダ モーニングショット」、50%以下だと「守る働く乳酸菌」を出し分けた。
「体感温度が低い朝にはホットの缶コーヒーを、また乾燥が厳しい午前には喉への違和感を警戒して乳酸菌飲料を、それぞれ訴求してドライバーの共感を得て、その後の購買につなげる」(TOKYO SMARTCASTの唐島一臣常務)という試みだ。実際の飲料の売り上げへの影響といった具体的な成果は計測できていないが、広告主であるアサヒ飲料の反応は良かったという。
この実験のミソは、デジタルサイネージへの広告クリエイティブの配信や切り替えの制御に、通信回線ではなく、2016年7月からサービスが始まった新しい無料デジタル放送「i-dio(アイディオ)」のデータ放送技術を用いていることにある。
デジタルサイネージにi-dioを受信できる端末を設置し、放送サービスの利用が少ない夜間に、一斉同報サービスを使ってデータを配信し、サイネージのメモリーに蓄積した。その後、広告を切り替える制御信号も放送波で送って制御した。
このやり方だと、デジタルサイネージを見るオーディエンスに合わせてリアルタイムに広告を出し分けることはできない。しかし、「屋外にある大型デジタルサイネージでは、リアルタイムな広告の出し分けはそれほど求められない」(唐島氏)と判断した。それよりも、低コストで一斉同報しやすい放送波の強みを生かし、多数のサイネージに広告クリエイティブのデータを配信する際のコストの安さを武器に、普及を図る考えだ。
ただし、一定数のデジタルサイネージをネットワークできれば放送波を使うメリットが生じるが、できなければそのメリットが絵に描いた餅に終わるという弱みもある。
将来は、i-dioの受信端末が多くのクルマに普及するという条件はあるが、高速道路を走るクルマの中に設置されたディスプレーをサイネージに見立て、「屋外のデジタルサイネージに配信した広告と連動して購買を働きかける広告クリエイティブを、サイネージの設置地点を通り過ぎたクルマを対象に配信するサービスも構想している」(唐島氏)という。
ネット動画広告をサイネージに
デジタルサイネージ上で広告の出し分けをするのではなく、ネット動画広告の効果をネット上で先に見極め、効果の高い広告クリエイティブをデジタルサイネージに配信するサービスも、2017年10月から始まった。

サイバーエージェントの連結子会社で動画広告専門のCyberBull(東京都渋谷区)と、国内で約40万に及ぶデジタルサイネージに広告を配信しているマイクロアドデジタルサイネージ(MADS、東京都渋谷区)が、連係して提供し始めた動画広告メニュー「クロスブリッジ」だ。
広告主からの発注を受けて制作した複数のネット動画広告について、CyberBullがABテストを実施。「狙ったターゲットに対して高い効果を発揮しそうなネット動画広告を選び、再生時間をデジタルサイネージで配信するのにふさわしい長さにCyberBullがカスタマイズして、MADSがクロスブリッジ用に用意したデジタルサイネージに、動画広告として配信する」(CyberBullブランド事業部営業統括の宮田崇平氏)というものだ。
当初は都内に100店前後を展開するドラッグストアチェーンの店頭に置かれたデジタルサイネージだけを広告の配信対象とした。このため、主に市販薬や日用品などドラッグストアで取り扱う商品を製造するメーカーが、自社商品の購買につなげようとこの新サービスを利用し、動画広告をデジタルサイネージに出稿しているという。
配信先を限定したことで、ドラッグストアの協力を得てPOS(販売時点情報管理)システムのデータを活用すれば、「ネット上とデジタルサイネージ上に動画広告を展開した商品が、サイネージがある店頭でどれだけ売れたかを検証できる」(MADS営業企画部の工藤裕貴シニアプランニングディレクター)。
サービス開始後の詳細な成果は明らかにされなかったが、サービス導入前と後の1カ月のドラッグストア店頭での売り上げ額を比べると、サービス導入後に売り上げが20%ほど上昇した商品があったという。
今後は、MADSが広告を配信するデジタルサイネージが置かれている場のうち、ネイルサロンや美容室など訪れる客があらかじめ絞り込める場にあるサイネージを対象に、「クロスブリッジ」をメニューとして提供していく考えだ。

デジタルサイネージを新たにマーケティングに活用する試みは、今後も増えていくだろう。その変化の流れをまとめると、「3つの方向性がある」と電通の藤井氏は語る。
1つは、狙った層にターゲティングして、最適なタイミングで表示する動き。2つ目は、効果の高いクリエイティブの検証が可能になること。そして3つ目は、広告効果に応じた料金の適正化。広告主にも、デジタルサイネージを媒体として抱える側にもメリットがある進化が、今後も加速するだろう。