デジタルサイネージの進化が止まらない。AI(人工知能)やカメラを活用、狙った顧客層に最適なタイミングで情報や広告を出し分けられるようになった現状を追った。
ハンガーに吊るされたスカートを手に2着持った顧客が、店内に設置された大型ミラーの前に立ち、スカートの色やデザインが自分に似合うか、体に当てながら確かめる──。リアルなアパレルショップでは普通に見られる光景だ。
しかし、ファーストリテイリング傘下のGU(ジーユー)が2017年9月にリニューアルオープンした、横浜港北ノースポート・モール店では少し趣が異なる。

店内6カ所に設置された鏡状の大型デジタルサイネージ「オシャレナビ・ミラー」の前に立った顧客が、手に取った商品のタグをサイネージ右下にあるセンサー部に近づけると、商品の名前や価格などの商品情報に次いで、その商品を使ってモデルなどがコーディネートしたスタイリング写真が、サイネージ上に右から左に向かって次々に表示される。
さらに、顧客がサイネージ上部のセンサーに向けて手を上げると、今度はその商品を実際に購入したユーザーがスマートフォン向け専用アプリ「GUアプリ」内の「GU-SHARE」に投稿したレビューが、下から上へと流れるように表示される。顧客はサイネージに示されたスタイリング写真や投稿レビューを参考に、選んだ商品が自分に合っているかを判断できる。
デジタルサイネージと言えば、かつてはアナログのポスターをディスプレーに置き換えただけと言っても過言ではなかった。もっとも、画像や映像を自由に配信できるため、効果を数字で明示する指標こそ見当たらないものの、ポスターより訴求効果が高いとされていた。
しかし、2017年からのデジタルサイネージの進化が、そうしたイメージを一新した。GUのオシャレナビ・ミラーは、商品にICタグ(RFID)を付け、その検知センサーをサイネージに取り付けることで、サイネージの前に立つ顧客とのインタラクティブなやり取りを可能にし、単に画像や映像を流すよりも、高いマーケティング効果を目指している。
そうした進化を追う上で、まずはデジタルサイネージをその用途で2つに分けて解説する。1つは、GUのように、自社が設置したサイネージを使って顧客に自社の情報を発信する「自社情報発信型」。もう1つは、サイネージを広告媒体と位置付け、関係者や第三者の広告を配信する「広告配信型」で、すべて広告を配信するタイプと、自社情報などを発信する合間に広告を配信するタイプがある。
一般企業のマーケターにとってなじみがあるのは後者の広告配信型だが、まずは自社情報発信型から追っていこう。
1.自社情報発信型:インタラクティブなやり取り目指すGU
実は冒頭で示したGUの試みには続きがある。横浜港北ノースポート・モール店には、オシャレナビ・ミラーだけでなく、タブレットをサイネージとしてカートに取り付けた「オシャレナビ・カート」も20台用意されているのだ。

タブレットのような小さいディスプレーをデジタルサイネージと位置付けてよいのかと疑問に思う向きもあるだろう。しかし、最近ではGUのみならず、タクシーの車内にタブレットを設置して広告などを配信している日本交通や、食品スーパーに配布したタブレットに対して投稿された料理動画コンテンツを配信し始めたクックパッドなど、タブレットをデジタルサイネージと位置付けて展開する企業が続々登場している。おかげでタブレットをデジタルサイネージの1つと考えるのが普通になりつつある。
GUが用意したこのオシャレナビ・カートも、オシャレナビ・ミラー同様、商品に付いたICタグをタブレットに組み込まれたセンサーに近づけると、商品情報とスタイリング写真、投稿レビューが表示される。スタイリング写真は、商品の入れ替わりによって変わるが、常時約1000種類を表示する。投稿レビューには身長、体重などが書かれているものもあり、自分の体形にサイズが合うかの手がかりも得られる。それだけではない。その商品の色違い品やサイズ違い品があるかどうか、店とECサイトの在庫情報まで示されるのだ。
こうした情報は、実はGUのECサイトやアプリに既に掲載されたコンテンツを流用している。ICタグを認識すると、対応するコンテンツを自動的に抽出してデジタルサイネージに表示する仕組みを構築することで、サイネージ向けコンテンツを新たに制作・管理する手間を省いている。
さらに、このカートを押して店内を回ると、店内10カ所程度に設置されたビーコン端末から発信された情報を受信する。近くの棚に置かれた商品にかかわるオススメ情報や、メンズ、ウィメンズ、キッズごとの売れ筋ランキングなどがサイネージに表示され、購買意欲を後押しする仕組みだ。
GUマーケティング部の萩原将人部長は、「リアル店でもEC(電子商取引)サイトでも、お客様には欲しい商品を欲しいタイミングで買ってほしい。ECサイトやアプリで得られる情報を店でも得られるようにする手立ての1つとして、サイネージにネットと同じ情報を示し、購買に役立ててもらおうと考えた」とオシャレナビ・ミラーやオシャレナビ・カートを設置した狙いを語る。
実際、横浜港北ノースポート・モール店に設置したデジタルサイネージは、12月までの約3カ月間、老若男女の区別なく予想以上に顧客に使われ、売り上げに貢献しているという。萩原氏はその例として、「オシャレナビ・カートを使った顧客の平均買い上げ点数は、そうでない顧客に比べて確実に多くなっている」と説明する。
多くのスタイリング写真を見て購入を検討した結果、当該商品だけでなく、スタイリング写真でコーディネートされていた別の商品も買うことが多いためだという。
GUは今後、デジタルサイネージの機能向上を進めていく考え。例えば、欲しい商品の色違い品やサイズ違い品の在庫が店になくECサイトにあるような場合、サイネージから直接、ECサイトに飛んで商品を購入できる仕組みなどを開発していくという。併せて、横浜港北ノースポート・モール店以外の店に、オシャレナビ・ミラーやオシャレナビ・カートを導入することも検討中だ。