4月からスポットCMの取引指標が個人視聴率に変わるなど、テレビ視聴データを巡る大きな変化が起きている。ではテレビとデジタルの今後はどうなるか。メディアコンサルタント/電通総研フェローの境治氏に解き明かしてもらった。

 2018年はテレビ視聴データのターニングポイントになりそうだ。3つの新しいデータ計測が本格始動するからだ。ビデオリサーチ(VR)の世帯視聴率が個人全体視聴率に変わること、JAA(日本アドバタイザーズ協会)がテレビとデジタルの共通指標を打ち出すこと、そしてインテージの視聴ログが広がることだ。

 1つ目の、視聴率が世帯から個人全体に変わることは既に本誌で昨年11月に早々と報じられている(関連記事)。12月からは業界内で説明が行われているようだ。

 なぜ世帯を個人にするのか。視聴率測定が始まった1960年代は確かに、1つの世帯でほぼ全員が同じ番組を夢中になって見ていたし、購買行動も世帯単位で捉えてよかった。世帯での測定には合理性があった。

 だが今や、同じ世帯でも番組により別々に視聴したりする。その後の行動もスマートフォンで家族それぞれが見たいサイトを見る。マーケティングデータとしては世帯より個人で測るべき時代になった。

個人視聴率に変えるもう1つの理由

 生活者個々人の多様なメディア行動の全体像を把握しようという動きも見えてきている中で、最も影響力のあるテレビ視聴が世帯単位では済まなくなってきていたのだ。

 ただ、筆者が聞いている世帯から個人へのシフトの理由はもう1つある。今後も、視聴率が漸減していくことは避けられそうにない。シミュレーションすると、世帯視聴率より個人全体視聴率のほうが減少率が少ない。テレビという広告デバイスのある種の“延命策”という面もあるようだ。

 この点は、後ろ向きな考え方にも思える。個人全体視聴率は世帯視聴率の6~7割の数値になるそうで、それも含めていろんな影響も出かねない気がする。

 一方でこの変化は「P+C7」とも呼ばれて7日後までのCMのタイムシフト視聴率も加算される。ドラマのような作り込んだ番組の価値が上がるなど、良い変化を番組づくりにもたらすかもしれない。

 タイムシフト視聴率を加えることに、広告主側は「値上げになりかねない」懸念があったそうだが、そうならないような係数設定などで合意できたと聞く。

 だが具体的には“やってみないと分からない”面も多く、業界内で混乱も懸念される。経過期間をうまく乗り越えて関東圏以外にも広げられるか、関係者の努力がしばらく必要となりそうだ。

 さて2つ目の変化は広告主側のイニシアチブによるものだ。テレビCMとデジタル広告の共通指標づくりという、大胆な作業がJAAの主導で進められている。これも12月に本誌で安倍編集長が自ら執筆した記事(関連記事)が掲載された。内容的には筆者として書き加えることはないが、広告制作に携わってきた経験からこの影響について私見を述べたい。

 テレビCMの役割は多々あるが、流通企業との交渉材料にもなることは、上記記事にある通りだ。例えば1億円の予算でテレビCMを企画する際、計算すると数百GRPにしかならず生活者に一回接触する程度で商品認知させることはほとんどできない。筆者は過去に「この予算では効果が出ないから別のメディア展開を考えるべきだ」と広告主に提案したことが何度かある。すると宣伝部の担当者は「流通に商品を置いてもらうためにはテレビCMをやらないわけにはいかない」と答えたものだ。生活者への認知効果より、流通対策を重視して展開されるテレビCMはかなり多いのではないか。

 もしJAAの共通指標が定着したら、そうした無駄が省かれる。戦略上正しい予算配分でテレビとデジタルの広告を使い分け、それを流通も理解してくれるとしたら、テレビCMに使われる予算全体が大きく減るかもしれない。この共通指標は、メディアの大変動を起こす可能性を秘めているのだ。

 そして最後に紹介するのが視聴ログ。これは本誌ではまだ取り上げていない事柄なのでじっくり説明しよう。テレビメーカーはネットに接続されたテレビや録画機から、ユーザーの許諾を得た上で視聴ログを収集している。何時何分からどのチャンネルを視聴したか、詳細なデータが分かるのだ。

視聴ログなら県単位での詳細なデータが取れる
視聴ログなら県単位での詳細なデータが取れる

 調査分析の雄であるインテージは子会社IXTを設立し、複数のテレビメーカーから視聴ログを集めて分析できる体制を整え、2017年11月から「MediaGaugeTV」の名称で提供を始めている。サンプル数はテレビ53万台、録画機52万台(2017年11月時点)。15秒単位で、地上波だけでなくBS・CSのデータも出せるという。47都道府県すべての県域でデータがとれるのも重要だ。

 VRの視聴率調査では一部の県が「24週地区」となっており、毎週データが出せていなかった。インテージの視聴ログでは小規模な県でも毎日データが出せる。BS、CSもデータが取れるので、いまデータのないCSチャンネルにとっては特に貴重なデータになる。

 ただし、このデータがあればVRの視聴率調査が不要になるわけではない。VRの視聴率調査は関東では900世帯だが、世帯分布に沿った代表性を持つのでエリア全体を推計できる。視聴ログはあくまでネットにつながったテレビのデータで、どうしても偏りがある。VRの視聴率をCM取引の数値として見ながら併せて視聴ログを見ることで、CM枠の効果的なバイイングを検討する、という使い方がふさわしいだろう。

CMと販売の関係を即時把握

 このインテージの視聴ログをダイナミックに扱うツールとして「Datorama」がある。同社はBIの進化形としてMI(マーケティング・インテリジェンス)を標榜している。BIのダッシュボードは、1つの画面に1つのデータを表示するが、Datoramaでは大きな画面上に複数のグラフを一度に表示できる。ひと目で「今、何がどうなっているか」が分かる。例えばエム・データのテレビメタデータとインテージの視聴ログをDatoramaに一緒に取り込めば、個々のテレビでの自社CMの視聴がひと目で把握できる。販売データを同期させれば、CM展開と販売の関係がリアルタイムで追える。

インテージの視聴ログと社内データ、さらに別のデータもDatoramaで統合管理できる
インテージの視聴ログと社内データ、さらに別のデータもDatoramaで統合管理できる

 これまでの分析結果はキャンペーン終了後に受け取って次回の参考にするしかなかったが、Datoramaならキャンペーン期間中に自分のPCで把握できる。目標に達していなかったら、すぐにデジタル広告を投入して補完することもできるだろう。

 便利になるだけでなく、マーケターの仕事への取り組み方を180度変えるかもしれない。代理店に実務を委ね、その結果を見るのがこれまでのマーケターだったとしたら、これからは自ら主体的に取り組むことになる。日々のデータに臨機応変に反応し、必要なことを自ら考えて代理店に次々にオーダーしていく。視聴ログとDatoramaから想起するのはそんなスタイルだ。

 ここで紹介した3つの動きは、テレビを中心としたマーケティングのパラダイムが大きく変わりつつある証だ。そしてよく言われてきたように、デジタルマーケティングはデジタルメディアのマーケティングではなく、テレビのような旧メディアも含めてデジタル発想でマーケティングしていく手法だが、その表れだとも言える。本当のゴーイング・デジタルは2018年からようやく始まる。それは決して機械任せの手法ではなく、むしろ個人の力量と感性が問われる極めてヒューマンな方向性だと筆者は捉えている。真のデジタルマーケティングを、大いに楽しむ時代が来たのだ。

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