大学が受験シーズン本番を迎えている。これまで各大学は、大学進学率の上昇により入学者を確保してきたが、2000年代生まれ以降は出生数が減少する。18歳人口が減り、進学率も頭打ちになることから、多くの大学で定員割れや経営危機が懸念されている。いわゆる大学の2018年問題だ。残された時間は少ない。
各大学が生き残りにしのぎを削る中、東洋大学が入試広報のデジタル化に取り組み、志願者数を大きく伸ばしている。一般入試の志願者数は、2006年春入学の5万3966人から、2016年春入学は8万4886人に、この10年で3万人以上増加した。


東洋大学の躍進の理由として、一部では「箱根効果」「山の神効果」が挙げられることがある。箱根駅伝の第5区、山登りコースを2009年から2012年まで4年連続で区間賞を取った柏原竜二選手(現富士通)が「2代目山の神」として脚光を浴び、東洋大学が2009、2010、2012年と総合優勝を果たしたことで人気を高めた、という見方だ。
だが、最も志願者数が伸びたのは8万人台に達した2015年春~2016年春入学の入試であり、その頃の箱根路の注目の的は青山学院大学に移っている。青学も同じように志願者を増やしているかといえば、そこまでではない。

集めた注目を志願者増につなげるには、そこで学びたくなるような情報を提供するための受け皿づくりが必要だ。その受け皿が、入試情報サイト「TOYO Web Style」。2013年6月に開設した。
「高校生の大学選びがWeb化している。大切な情報はすべてWebに置くことにした」と入試部長の加藤建二氏はサイト開設の狙いを語る。東洋大は今春新設の新学部を除いても11学部、44学科あり、紙の大学案内では各学科の詳細な情報は盛り込めない。一方、ネットで簡単に資料請求できることから、志願者数に関係なく資料請求数が増え続け、特に2013年春入学の入試では、請求数が前年比で3割増加していた。
そこで大学案内を全面的にWebに切り替えるとともに、2014年春入学の入試からネット出願へ全面的に切り替え(紙の願書廃止)、入学手続きもネットで完結と、一気にWeb化を進めた。
過去の出題のダウンロードサービス、海外研修報告などを伝える学びコラムといったコンテンツも充実させ、受験生のニーズに応えながら、作業負担・コストの大幅削減も実現している。
授業動画500本公開を目指す
TOYO Web Styleの中で目玉コンテンツと言えるのが、2015年3月から公開している「Web体験授業」だ。「ソーシャルビジネス実習講義」(経営学部会計ファイナンス学科)、「避難勧告の空振りと見逃しが人々に及ぼす影響」(理工学部都市環境デザイン学科)、「諸学に役立つプログラミング」(総合情報学部総合情報学科)など、既に170本以上が公開されており、最終的に500本の公開を目指す。

文字通り授業を動画で体験できるものだが、単に授業を収録した映像を流すだけではない。教授のインタビューや受講している学生の発表の様子などさまざまなシーンを収めていて、学問の内容、その概要や面白さ、授業の雰囲気などが十分に把握できるよう、一本一本編集されている。高校生にとっては、学びたい分野や指導を受けたい教員を探し出せる場といえる。
こうしたWeb動画の公開に全学部で取り組むには、大学教員の理解と協力が欠かせない。東洋大学では、オープンキャンパスとは別に、リアルの授業体験イベント「“学び”LIVE授業体験」を2000年から年2回、開催している。イベントで体験できる授業数は約100講座。進学後の学部学科のミスマッチを防ぐことを目的に、続けてきた。
授業体験した生徒が入学して後にゼミ生になるなど、“学び”LIVEは偏差値による大学選びよりも学びたい内容による大学・学部選びをするきっかけになっていて、教授陣からの評価も高い。Web体験授業は、この“学び”LIVEに常時アクセスできるWeb版と言える。この背景があるため、授業の動画収録も教授陣の理解が得やすい。
「TOYO Web Styleの開設、Web体験授業の公開と、Webを強化し、リニューアルするたびに、サイト訪問者数も急増している」と加藤氏は自信を見せる。志願者数との相関が乏しかった資料請求件数と異なり、サイトアクセス数の伸びは志願者数の増加に着実に結びついている。
入試改革にらみ挑戦を続ける
今春、2017年春入学の入試からはWeb体験授業をさらに発展させた、「Web体験授業型入試」を導入した。指定のWeb体験授業動画を視聴し、提示された試験問題に対して、さまざまな文献を調べながら自分なりの解決方法を見出し、説明資料を作成して提出期限までに送信。試験当日は、その資料をもとにプレゼンテーションをする。発表は大学の試験会場か、自宅からWeb会議システムを通じてプレゼンしてもよい。
情報連携学部の課題動画は、学部長に就任する坂村健教授が担当。「情報とものづくり」の項ではIoT(モノのインターネット)、「情報とまちづくり」の項では行政のオープンデータ化など、社会人にも興味深いテーマを課題にしている。
この新入試はAO入試に相当するもので、対象は2017年度に新設する国際学部と情報連携学部の一部の学科に限られる。初年度の受験者数は50人ほどになる見込みだ。 それでも、地方の生徒や海外からの留学生にも受験しやすい環境を用意したことと、総合的な学力を問う大学入試改革の方向性とも合致することで、先進的な取り組みと言える。
大学の広報・宣伝活動では近畿大学の大胆なクリエイティブと発信力が話題だが、地道なデジタル化で志願者を増やす東洋大学の取り組みは、企業にも取り入れやすいポイントが多そうだ。