自治体広報に力を入れている埼玉県三芳町が、2016年秋からAR(拡張現実)の活用を積極化している。毎月、町内全戸に配布している広報誌「広報みよし(Miyoshi)」とARを組み合わせ、町内外の人に動画メッセージの形で三芳町の良さを知ってもらうのが狙いだ。

 まず、三芳町広報大使アシスタントを務める埼玉県出身のアイドル、金澤朋子さんを「みよし」2016年9月号の表紙に起用。スマートフォンにAR対応アプリ「Aurasma」をダウンロードして三芳町を登録した後、スマホのカメラで表紙を読み込むと、金澤さんが三芳町をアピールするメッセージ動画が再生されるようにした。

「広報みよし」2016年9月号。ARアプリで表紙を読み込むと、アイドルがメッセージを話す動画が見られる
「広報みよし」2016年9月号。ARアプリで表紙を読み込むと、アイドルがメッセージを話す動画が見られる

 2016年12月号には、三芳町の風景を写した絵はがきを同梱した。Aurasmaで絵はがきの写真を読み込むと、三芳町をアピールする15秒のネット動画が、再生される。「町民の一部でも親族や友人・知人に絵はがきを送って、かつARの仕組みを教えてくれれば、三芳町の良さが町の外の人々にも伝わる」(三芳町秘書広報室の佐久間智之氏)と考えた。実際、2016年秋に三芳町のYouTube公式チャンネルなどで公開したこのネット動画の再生回数は、ARを活用したことによるクチコミ効果もあってか、12月号発行後の約1カ月で、再生回数がそれまでの3倍に伸びたという。

町の良さを伝えて町民に住み続けてもらう

 三芳町が町の良さをアピールする広報活動に力を入れるのは、観光客の誘致に加えて別の目的もある。最大の狙いは、「町に誇りを持ってもらうことで、現在住んでいる町民にそのまま居付いてもらい、併せて1度町を出た若い層にも“Uターン”を促す」(佐久間氏)ことにある。

 これまでも広報誌に加えてさまざまなデジタルツールを活用して、主に町民と町外の若い層に向けて、町の情報を発信してきた。三芳町のホームページ、公式Facebook、公式Twitter、それに自治体向け広告代理業などを手がけるホープ(福岡市)が開発・運営し、約450の自治体の広報誌や行政情報を網羅して伝えるスマートフォン向けアプリ「マチイロ」への情報提供などによってだ。

 情報を発信する際は、「町民自身が気づいていない三芳町の良さを発掘してコンテンツとして伝えることを重視する」(佐久間氏)。例えば、三芳町では夏、普通にカブトムシが採れる。町内にある観光スポット「竹間沢こぶしの里」は、東京に1番近い、蛍が見られる場所である。町民の多くはその価値に気がついていないそうだが、例えば東京23区に住む子どもと親にとっては驚きの情報だろう。そこで2016年初夏に、広報誌やアプリを使って蛍が見られることをアピールしたところ、例年なら1日約700人だったこぶしの里への来場者は、町外だけでなく、町民も足を運んだ結果、2倍近い約1300人に増えたという。

 目下の課題は、こうした広報活動を継続できる体制の整備だ。現在は、少ない広報予算をやりくりしながら、広報誌の制作やソーシャルメディア公式アカウントの運営、新たな広報メディアの開拓、発信する情報を選ぶ際の町役場や町会との根回しなどを、佐久間氏が一人で担っている。佐久間氏が異動したらこうした活動の継続は難しくなる。そこで2016年から広報誌とは別に、年4回をめどに「庁内報」を発行。その制作を他の職員に任せることで後継者育成に乗り出している。「2017年には、映画館で流れる『シネアド』を活用した広報活動も検討中」(佐久間氏)という。ARの新たな活用もにらみつつ、町内外に向けた情報発信を強化していく考えだ。