オンライン企業が買収によってオフラインへのチャネルシフトを果たす――。こういった事例がこれからも生まれてくる可能性がある以上、この事例はおそらく近年で最も貴重な思考実験の題材である。これを使ったシミュレーションは、おそらく他の業界の今後を考える上でも有益だろう。
まずWhole Foodsでの買い物にAmazon IDとAmazon Paymentを持ち込み、チャネルシフト①、すなわち「選択オフライン×購入オンライン」へと侵出するとしたらどうだろうか。つまり、Whole Foodsの店舗を納得のいく商品選択だけの場として使い、支払いはオンラインで行うという、「Amazon Go」型のWhole Foodsが誕生する。まさにマトリクスの右上へのシフトだ。
この店舗での購買体験を、想像してみよう。顧客は店舗でAmazonアプリを立ち上げ、食材などの商品をカートに入れていく。後はそのまま店を出るだけ。退出と同時にオンラインで決済されるのでレジでの支払いは不要、ということになる。
あるいは商品をピックアップする代わりに、アプリでコードを読み込んでいくことで商品を選択し、後で自宅に届けてもらうというスタイルも可能かもしれない。このような店舗は、アリババ集団が出資する中国食品スーパー、ヘマーセンシェン(盒馬鮮生)が、既に実現している。Amazonがこのような購買体験ができる店舗にWhole Foodsを変えていったとしても、何ら不思議はない。
次にチャネルシフト②、すなわち「選択オンライン×購入オフライン」へと侵出するとしたら、どんな店舗になるか想像してみよう。つまりオンラインの情報にアクセスして商品を選択し、そのままWhole Foodsのオフライン店舗で購入できるという、「Amazon Books」型店舗へのシフトだ。
この店舗での購買体験は、次のようになるだろう。まず顧客は店頭でAmazonのアプリを立ち上げ、店頭に並ぶ食材をスキャンする。するとオンラインで野菜の産地や生産者の情報、他の顧客によるレビューなどを見ることができる。価格はPrime会員の場合と、そうでない場合とが表示される。個客へのOne to Oneマーケティングが可能になるので、顧客ごとに値引きや特別オファーを出すことができる。
またAmazon IDと顧客の健康情報をひも付け、これに基づいた食材を推奨し、その調理方法やメニューを個別に提案することも可能だろう。さらに家にある食材をデータ管理できる冷蔵庫などが登場したら、これらのデータもアプリに統合して、追加で買うべき食材を店頭で教えるという発想もある。「Amazon Echo」を顧客の自宅に送り込み、家中のIoT(インターネット・オブ・シングス)家電を連携させることを見据えているAmazonであれば、そのくらいの見通しを持っていてもおかしくない。
Amazon Go型かBooks型か
今後のWhole Foodsの事業変革の正確なところはわからない。しかしWhole Foodsの顧客IDをAmazon IDと統合し、新しい購買体験をつくりだす可能性は十分にある。Amazon Go型か、Amazon Books型か、あるいは双方を合わせた形態になるかもしれない。
ではもしAmazonが日本の食品スーパーを買収して上陸したら、どうなるか。人口減少と高齢化が進む日本でも、宅配を組み合わせたAmazon Go型の食品スーパーは、顧客にとって価値がありそうだ。また食品の品質を重視したり、オンラインでのメニュー提案を求めたりというニーズ自体は既に顕在化しているから、Amazon Books型の食品スーパーも、顧客の支持を集めるかもしれない。本当にそんな店舗が実現したら、既存の「顧客とのオンラインでのつながり」を持たない食品小売企業は、大きな変革を突きつけられることになる。
チャネルシフトは、これから加速していく戦いである。個別企業の事例を集めても、事例として見るだけでは、自社が属する業界変化を想定することは難しい。しかしマトリクスに当てはめて想像を膨らませ、そこに実体化している業界の動きを確認していくと、起こり得るチャネルシフトが見えてくるはずだ。