今回取り上げる業界は、食品だ。食品は、アパレル以上に、オフライン店舗での納得感が重要なカテゴリーと言える。しかしだからこそ筆者らは、次のチャネルシフトの大波は、食品業界で起きると考えている。食品業界に関しては、既に起こった事例ではなく、「これからどのようなチャネルシフトが起こるのか」を、Amazonを題材に考えてみたい。
Amazonは「Amazon Fresh」を2007年から展開しており、2017年4月からは日本の一部地域でも、サービスを開始している。Amazonが食品カテゴリーに侵出する最大の理由は、顧客のライフスタイル把握にある。1日3食と考えれば、人間は月当たりおよそ100回、1年間では1000回以上も食事をする。生きている限り日々繰り返されるこの買い物行動には、顧客の生活そのものが反映される。ライフスタイルを知りさえすれば、圧倒的に多様な商品カテゴリーを持つAmazonからみれば、マネタイズの機会はいくらでも作れる。
さらに2017年6月にAmazonは、高級食品スーパー大手の米Whole Foodsを137億ドルで買収すると発表した。なぜAmazonの対極にあるように見えるオフライン企業を手に入れたのかを、チャネルシフト・マトリクスを使って考えてみよう。
背景の1つには、Whole Foodsがスタートアップ企業のinstacartと提携し、実は既にオンラインに侵出し、顧客とのつながりを築いていたことがあるだろう。instacartは、提携スーパーマーケットに配置したスタッフが顧客の代わりに買い物をしてくれるサービスだ。顧客はinstacartのEC(電子商取引)サイトにアクセスし、購入したい商品を取り揃えているスーパーや店舗を選択し、ネットストア同様に買い物をする。決済は登録したクレジットカードで行う。
この注文内容は、各店舗に常駐しているinstacartスタッフの端末に表示される。スタッフはこれに沿って店内を回遊して商品をピックアップし、袋詰めしておくという段取りだ。顧客が店舗に立ち寄れるのであれば、ピックアップを選択して専用コーナーで受け取れる。もしくは、自宅までの配達を依頼することもできる。
ちなみにAmazonによるWhole Foods買収の動きを受け、instacartにはAlbertsonsなどの大型スーパーからの提携オファーが入っている。
2017年の年末に全米トップ5のスーパーとの提携を発表しており、Amazonのオフライン企業の買収が、業界の既存プレイヤーによるオンラインシフトに火をつけた格好だ。
Whole Foodsがもたらす利点
重要なのは、Whole Foodsがこのサービスを通して「店頭在庫情報の可視化」や「モバイルを活用した事前決済」に対応していたことだ。これらはAmazonとの連携においても、活用が可能である。苦戦が報じられてきたAmazonの食品事業がWhole Foodsとの連携によって、いくつかの問題を解決できる可能性がある。
1つは、物流拠点という問題の解決である。生鮮食品は短期間で腐ってしまうため、物流倉庫で在庫を抱えることは大きなリスクだ。しかし物流倉庫ではなく店舗で在庫を管理すれば、鮮度管理を行いながらその場で販売することもできる。Whole Foodsが持つ店舗網は、そのまま顧客の生活圏の近くに分散して配置された「物流拠点ネットワーク」として活用できる。
もう1つは、ブランドへの信頼という問題の解決である。顧客が長年にわたり店舗に足を運んで鮮度を実感し、それによって築かれてきたWhole Foodsへの信頼を、買収によって活用することができる。
これらに加えて食品独自の店舗での鮮度管理ノウハウや仕入れルートがまとめて手に入るとなれば、食品への展開を加速したいAmazonにとって大きな魅力だろう。
ではAmazonは、これからWhole Foodsをどのように変貌させていくのだろうか。おそらくは手に入れたWhole Foodsが持つオフライン店舗網を使って、ネットとリアルを融合させた「新しい購買体験」を生み出し、顧客をオンラインへと引き込んでいくだろう。その購買体験を、思考実験として、チャネルシフト・マトリクスを使って考えてみたい。