奥谷孝司・オイシックスCOCO(最高オムニチャネル責任者)の連載第2回は、オムニチャネル時代に入り競争が激化している物流・配送サービスのあり方について考えていく。注文から1時間以内に配送するサービスも登場しているが、それがエンゲージメントにつながるかどうかが焦点だ。
オムニチャネル時代の消費者は、いつでもどこでもモバイル端末を活用して商品を注文する。その商品が物流センターから届こうが、近隣の店舗から届こうがあまり気にしていない。では、こうした一連の消費者行動に欠かせないものは何か。それは「物流」である。近年、この物流をめぐる競争は激しさを増している。
「Amazon.co.jp」は2015年11月19日から「Amazonプライム」会員向けの新たなサービスとして、午前6時から深夜1時までに注文した商品を1時間以内に届ける「Prime Now(プライム ナウ)」を開始した。食品や飲料、洗剤、シャンプー、おむつといった日用品から、本やDVD、家電などの幅広い商品が対象になる。
今のところ利用できるのは東京8区と神奈川2区に限定されているが、多くの通販業者はもちろん、リアル店舗を展開する小売り企業もこの動きを脅威として捉えている。かく言う当社もアマゾンの動きは注視しており、度々社内で話題になっている。
だが、このような過剰とも言える物流サービス競争は本当に消費者とのエンゲージメントを育むのだろうか。今回は良品計画時代に実施した、あるキャンペーンをベースに、物流がもたらすエンゲージメント・コマースの可能性と、物流品質の課題について考察していきたい。
ネット販売で混乱する物流
「無印良品」が展開するキャンペーンの1つに「無印良品週間」がある。期間中は商品が10%オフになるため、ネットストアにおける受注件数が通常時の6~7倍に達する日もある。そのため期間中に発生する配送の集中をいかに平準化するかが、常に議論になっていた。この特需に対応するために雇う臨時アルバイトによるピッキングの遅延やミス、運送会社への引き渡しトラブルなどが発生し、対応に追われるのが常だったからだ。
物流機能は企業資産であり、できれば平均的に稼働させたいが、そううまくはいかない。受注の変動はどの企業にもあるが、ネットショッピングは振幅がより大きくなりがちだ。米国のサイバーマンデーや、中国のアリババが仕掛けた「中国最大オンラインショッピングの日」(11月11日)などがもたらす莫大な売り上げの背後には配送トラブルや物流会社の疲弊という問題が潜んでいる。

このような問題に対して私は常にある思いを抱いていた。良品週間は月曜日に告知し、金曜日にスタートするのだが、告知が始まるとすぐに大量の返品とキャンセルが発生する。たかだか10%のオフなのだが、告知前に注文した商品が、告知が始まった時点でまだ出荷されていないと、商品をキャンセルし、期間中に改めて注文しようとする消費者が多いのだ。この消費者行動を見て私は、「無印良品の商品を、今すぐ必要としている消費者なんていないのではないか」という疑問と若干の失望感に襲われた。
しかし消費者視点でこの問題の背景を考えると、そこに次のような心理があることに気がついた。それは「無印良品の商品とサービスを信用しているからこそ、少し待ったとしてもお得に買いたい」という気持ちである。こうした心理に気がつき、「ならば、もっとゆっくりと配送をさせてもらおう」ということで企画したのが「遅得」である。
これは良品週間の期間中に商品を注文し、かつ商品の配送日をキャンペーン終了後の「遅い日にち」に指定してくれた消費者に、MUJIマイルの付与というインセンティブを提供するもの。出荷作業が平準化できる上、エコな配送にもつながる。「世の中の過剰な物流サービスに対する、無印良品としてのアンチテーゼを打ち出す」という壮大な思いもあった。
その結果はどうだったか。例えば2013年11月の良品週間では遅得の利用者が約1万9000人と、前年の6.5倍に増えた。遅得による受注が全体の約17%となり、前年(約4%)の4倍以上になった。もちろん物流センターのスタッフにも大変好評だった。期間中の欠品防止を主目的としたフルフィルメントに集中できたからだ。
この遅得は、企業の都合で配送が遅れることを顧客に無理やり了承させるようなものではない。そういう意図が見え隠れしていたらSNSなどで消費者の不満が噴出し、炎上していたことだろう。だが、そうはならなかった。

このキャンペーンが成功した要因は消費者心理を理解した上で、消費者に配送の問題についても理解していただきつつ、顧客が求める本質的なインサイト(お得に買物したい)と、エコな配送を選んで(会社に協力して)いただいたことに感謝し、その気持ちをマイル付与という形で明確に提示したことだったように思う。
消費者とのつながりが確立できて、「時間共有」(=コミュニケーション)もしっかりできていれば、顧客は喜んで配送遅延を受け入れてくれる。このケースで注目すべきなのは、顧客時間における「検討」のフェーズだ。「検討」のフェーズに入り込み、購入いただくことを前提に「遅得」というオファーを提供したから成功したのだ。
日本通信販売協会(JADMA)が2013年に、12の会員社の顧客を対象に実施した「配送満足度調査」が興味深いので紹介しよう。商品の受け渡し自体には「満足」しているという回答が多いのだが、「不満足」の理由は「配達員の態度」が42%と最も多かった。以下、「不在再配達の連絡に関して」(16%)、「代引き時の事前電話無し」(15%)と続く。つまり通販事業が抱える永遠の課題とも言える、ラストワンマイルでのエンゲージメントの改善を消費者は求めていることが分かる。
焦点はエンゲージメント
物流とオムニチャネル戦略はコインの表と裏。切っても切れない関係にあるが、消費者が求めているのは、単に早く届くことではない。顧客時間を把握し、企業と顧客との良い関係があれば、商品・サービスを待ってくれる。顧客が自ら、企業に使う顧客時間を「長く」保ってくれるのだ。
インフラとしてのオムニチャネルの整備、物流サービスの向上、売り上げ拡大に腐心するだけでなく、自社の顧客は誰なのか、どのような顧客とつながりたいのか。時間はかかるが顧客と時間を共有し、コミュニケーションすることがベースとしてなければ、インフラはサービスの押し売りになりかねない。顧客とのエンゲージメント、正直な姿勢こそが企業に求められ、それが共感を生むことを肝に銘じよう。