一見の客でも常連客のように接客できるタクシー…、日本交通が目指す将来像の一つだ。カギを握る配車アプリの浸透へ向けて同社は、画期的な“値引き”戦略を仕掛ける。

 グローバル規模でのタクシー配車サービスの広がり、自動運転技術の高度化…。タクシー業界には、ビッグデータが引き起こす業界構造の変革の大波が目前に迫っている。

 その中、業界首位の日本交通(東京都北区)は今年4月から、デジタル技術を駆使して、実質的な“値引き”という業界初の画期的なサービスを顧客に提供。さらにデータ活用によって個々の顧客理解を深めてサービスの向上を図り、選ばれ続ける会社になろうとしている。

日本交通の売上高推移
日本交通の売上高推移

 日本交通といえば、2009年5月期に業界首位から3位に転落。翌年に首位に返り咲いてからは、業界首位を快走している。「タクシー業界のリーダー的な会社」(東京ハイヤー・タクシー協会の藤崎幸郎専務理事)だが、ここ数年は、他業界からも注目される先進的なサービスを矢継ぎ早に投入している。同社を率いるのは川鍋一朗社長。創業家の3代目だ。

 米ノースウエスタン大学ケロッグ経営大学院でMBA(経営学修士)を取得。帰国後にマッキンゼーでコンサルタントになり、その後2000年に日本交通に入社した。当時の日本交通はグループ全体で約1900億円の借金を抱えて“瀕死”の状態にあったが、本社をはじめとする資産を売却するなど、大リストラを断行する中、川鍋社長は銀行との激しい交渉を経て会社を救った。2005年に34歳の若さで社長に就任した川鍋社長は、アグレッシブな取り組みを展開している。優秀な社員には新しいプロジェクトを担当させて、今までにないサービスを世に送り出している。

 その1つがスマートフォン(スマホ)でタクシーを呼び出せるタクシー配車アプリ「日本交通タクシー配車」だ。その開発は、2010年6月ごろ構想に入り数カ月後に開始。同アプリは、GPS(全地球測位システム)を活用してタクシーを呼びたい場所を指定できる。2011年1月には、日本交通の子会社で、基幹システムの開発・運用を手がける日交データサービス(東京都北区)が、配車アプリのダウンロード提供を開始した。

 従来型の携帯電話であった配車サービスに比べて、乗車位置を地図で正確に指定できる配車アプリは、画期的だった。2011年12月には、他社のタクシーでも日本交通タクシー配車のように配車できるアプリ「全国タクシー配車」の運用も、日交データサービスが始めた。今年3月時点で2つの配車アプリ累計ダウンロード数は、約210万に達するという。

 川鍋社長は、国内だけでなくグローバル展開を視野に入れている。ライバルは、配車アプリで一世を風靡している米ウーバーテクノロジーズであり、実は最も進んでいると言われている中国の最先端企業であるアリババや百度(バイドゥ)などだったりする。

最大の課題に答えを出す

タクシーの中で動画CMを視聴してポイントを貯めるイメージ
タクシーの中で動画CMを視聴してポイントを貯めるイメージ

 次回の乗車運賃が安くなる──。東京都のタクシー運賃(普通車)は、初乗り(2km)で730円(上限)~700円(下限)、加算運賃は276m(上限)~288m(下限)で90円と決まっている。時間距離併用制の場合は、1分40秒(上限)~1分45秒(下限)で90円だ。タクシー運賃については、国が地域ごとに運賃幅を決めている。原則、その範囲を超えて運賃を上げたり、下げたりはできない。

 ちなみに、米ウーバーは乗車希望者と空車の需給状況で料金が柔軟に変わる。「Google マップ」で行き先を検索すると、すぐに料金と所要時間、何分で配車されるのかが表示される。高いと思ったら少し待ってまた検索すればいい。こうしてタクシーに乗らなかった層の掘り起こしに成功し、米サンフランシスコ市では既存のタクシー市場を大幅に上回る売り上げを実現しているという。

 一方で日本では前述の通りの規制があり、こうした料金制度は実現できない。しかし、日本交通は新サービスによって今年4月から乗車運賃を“値引き”するという。どう実現するのだろうか。

CM視聴を促す配車アプリの画面
CM視聴を促す配車アプリの画面

 そのカギは「ポイント」と乗車中の「空き時間」だ。具体的には、タクシー乗車中にスマホで動画CM(コマーシャル)を30秒間視聴すると、50円分のポイントがもらえるというもの。乗車中に何回も動画CMを視聴でき、例えば20回(正味約10分)で1000円分のポイントが貯まる。そして、次回の乗車でそのポイントが使えるという仕組みだ。乗車運賃が2530円だったら、1000円を引いた1530円で済むことになる。

 ただし、動画CMを視聴できる乗客には条件がある。まず、日本交通の配車アプリをダウンロードしていなければならない。

 前述したように配車アプリは、簡単な操作でタクシーを呼び出すことができるツールだ。配車アプリを指でタッチすると、地図上に今いる位置が表示される。画面下にある「乗車場所を指定」というボタンに触れると、今いる場所を拡大した地図が表れ、タクシーを停めやすい位置に人のアイコンを移動させて配車位置を決定。すると、注文のページが表示され、ここで「注文する」というボタンを押すと、2分程度で配車タクシーを探してくれる。配車タクシーが決まると画面に連絡が入り、決定すると実際に近くの配車タクシーが来てくれるというものだ。

 今回の動画CMを視聴するには、もう1つ条件がある。ネット決済の登録を済ませておく必要がある。ネット決済の登録では、クレジットカードや携帯電話会社の決済サービスなど、いくつかの方法を選ぶことができる。例えば、クレジットカードの場合は、スマホ画面で氏名や生年月日、性別、住所、電話番号なども登録する。

 配車アプリでタクシーを注文する際にネット決済のボタンをオンにし、クレジットカードならセキュリティ番号を入れる。配車されたタクシーに乗車して目的地に着くと、自動で決済処理され、後はレシートをもらって降車するだけだ。

まずは約1500台の黒タクから

 現状で動画CMを見ることができるのは、約1500台の日本交通の黒いタクシー(黒タク)。日交の黒タクには、ビーコンという小型センサーが搭載されており、条件を備えた人がスマホを持ってタクシー車内に入ると間もなく、「CM視聴クーポンのお知らせ」というメッセージがスマホ画面に表示される。

 そして「ご乗車ありがとうございます。乗車中にCM動画を視聴していただくと次回以降のネット決済で利用できる割引きクーポンを進呈します」という文章が続く。その下にある「CMを視聴する」か「キャンセル」のどちらかを選ぶことになり、前者を選ぶと、前ページにある画面が出てくる。「規約に同意して再生」をタッチすると動画CMがスタートする。

新サービスの概要
新サービスの概要

 以上の技術的な仕組みを簡単に説明すると上図のようになる。ビーコンのセンサーに割り振ったIDをやり取りして、IDを受け取ったスマホがアプリを起動。「CM視聴クーポンのお知らせ」という画面が表示される。なおスマホ側で近距離無線通信規格のBluetoothが「オン」になっている必要がある。Bluetoothの通信によって、スマホとビーコンがやり取りするからだ。

 動画CMの視聴によって獲得したポイントを使えるのは、配車アプリで黒タクを注文した時に限られる。配車アプリを使ったことがある人なら自明だが、迎車料の410円が徴収される。ポイントを貯める場合は、配車アプリで注文しなくても構わない。空車の日交の黒タクを停めて乗車し、動画CMを見てポイントを貯めていく。

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