ビッグデータ活用の先頭集団を走るリクルート、特集後編では同社が持つデータから強さの秘密を探る。今後のデータの活用では、アマゾンやグーグルなどと一線を画するという戦略を持つ。
データ:ID統合の商機と課題
リクルートグループは他社にはない明確な強みを持つ。リクルートは大学進学(リクナビ進学)、就職(リクナビ)、結婚(ゼクシィ)、住宅購入(スーモ)といった、人生において経験する回数は少ないものの、いずれも節目となっている「ライフイベント」に関わる情報サービスで、揺るぎない地位を築いている。
つまり、これらライフイベントに関わる消費者のデータを大量かつ詳細に押さえているわけで、その気になれば、1人の消費者を十年単位で長く追いかけることができる。加えて、旅行(じゃらん)、グルメ(ホットペッパーグルメ)、美容(ホットペッパービューティー)やネットモール(ポンパレモール)など、消費者の利用頻度が高い「ライフスタイル」領域のサービスも数多く展開する。

このような形で消費者データを大量に抱えている企業は、国内はもちろん海外を含めて見ても、同社くらいしか見当たらない。ビッグデータを活用して世界に打って出ようとする同社の次の一手は、昨年、ようやく統合を果たしたユーザーIDを活用したビジネスになるだろう。
昨年までリクルートは、同社が提供する「じゃらん」や「ゼクシィ」「ホットペッパー」「リクナビNEXT」といったサービスの利用者に対して、サービスごとに異なるIDを発行してきた。これを改め、利用者の持つ各サービスのIDを1つにして、「リクルートID」として統合したのだ。
この結果、リクルートIDを持つ利用者が複数のサービスを利用する機会が増える。その気になれば、どんなサービスに興味を示したのか、どんな商品やサービスを実際に購入したのかが手に取るように分かる。そこからどのような嗜好を持つのかだけでなく、どのような生活ぶりでどのようなライフステージにあるのかも分析可能だ。
例えば、それまでホットペッパーグルメで居酒屋などを頻繁に検索していた女性が、ゼクシィで高級なレストランを探し始めれば、結婚について真剣に考え始めていると推測できる。さらに最新の機械学習の技術を駆使すれば、ビッグデータの中から思いもよらないような相関が見つかるかもしれない。例えば、スーモで神奈川県のX市にマンションを購入する40代の男性会社員は、エイビーロードのYというツアーをレコメンドすると極めて高い確率で購入するといったことだ。
「ID統合前から、連携したデータ分析は可能な範囲でやってきた」(リクルートライフスタイルの前田分析チームリーダー)とはいえ、IDの統合が実現した今、それを利用して新市場や新たな収益を創造するべき時と言える。実際、「スーモのサイトを訪れた利用者に、家具の販売をレコメンドするといった実験を試みて、手応えは得ている」(リクルートテクノロジーズの西郷専門役員)と言う。
こうしたノウハウをビッグデータ部が蓄積しその他の事業会社に横展開すれば、「グループ全体のデータを効率的に活用できるエコシステムとなり、米アマゾン・ドット・コムや米グーグルなどとも戦えるようになるのでは」とリクルートテクノロジーズの西郷専門役員は分析する。
おもてなしでアマゾンと差異化
データの活用では、アマゾンやグーグルなどと一線を画すという戦略も明確だ。
アマゾンのレコメンドは、利用者のサイト閲覧履歴や購買履歴といったビッグデータを解析して導いた答えを、膨大な数の利用者に適用していく形と言っていいだろう。多くのサイト閲覧者の中から、一定の割合の購入者がいればいいという考え方だ。これに対して「リクルートは違う道を行く」とリクルートマーケティングパートナーズの山崎グループマネジャーは言う。
ID統合の結果、蓄積されるデータの量が増え、解析の精度も上がる。例えば、ゼクシィのサイトを訪問してきた利用者に、「あなたの理想の結婚相手はこの人です」と高い確率で示せるかもしれない。でもそれでは、せっかく長期にわたってリクルートのサービスを利用してくれるはずの利用者が、驚いて去ってしまう可能性がある。
現時点では「同じレコメンドでも丁寧に説明していきたい。そのためにはリクルートIDを使って今すぐに何かをやるより、事業会社の中のデータを使って試行錯誤を重ね、例えばどんな順番で説明するのが利用者に喜ばれるか、知見を蓄積するほうが得策」(山崎グループマネジャー)。
結婚式を控えた女性に対して、結婚式場やドレス、引き出物などの情報がレコメンド情報として殺到するのを避けると考えると分かりやすい。まずは式場、次にドレス、それから引き出物という具合に、顧客に最適かつ心地良いと思われる順番でレコメンドするといったものだ。
リクルートが、アマゾンやグーグルに対する真のライバルとなるのは、こうしたおもてなしのレコメンドを共通のリクルートIDや蓄積しているデータでできるようになることだろう。異色の専門家集団、ビッグデータ部の果たす役割はますます重要になっている。
数字に基づく経営判断
リクルートの強みはビッグデータ部や各事業部門の現場だけではない。グループの経営陣は、「先々代の河野栄子元社長から現在の峰岸社長時代まで、常に数字に基づいて物事を判断してきた」(グループ幹部)。
米サンフランシスコで起業し、リクルートの各部門に助言を与えているAppSociallyの高橋雄介CEO(最高経営責任者)は、「リーンアナリティクスやグロースハックなどシリコンバレーの先端のデータ活用手法をグループの幹部にレクチャーしたが、吸収が速いだけでなく、実際に展開して組織内に根付かせるまでが素早い」と舌を巻く。
現場がデータに基づく新施策を提案しても、経営陣が勘と経験を優先する日本的な経営はここには存在しない。ビッグデータを活用するための“脳”と“筋力”の両方が備わっている数少ない企業であると言える。
リクルートテクノロジーズが技術を担う別会社として存在しているおかげで、入社希望者のこうした懸念を払しょくし、レベルの高い人材を採用できるというわけだ。
ビッグデータ部の前身ビッグデータグループが発足した2012年に60~70人だった陣容は、外部スタッフを合わせて約200人にまで短期間のうちに到達した。分社化のメリットも存分に生かしたからと言える。