ビッグデータ活用の先頭集団を走るリクルート。中編では、強さの源と言えるリクルートテクノロジーズのビッグデータ部の実像を、「ヒト」と「カネ」の側面から解き明かす。
ビッグデータ部の担当はデータ分析の専門範囲にとどまらない。データ活用の新ビジネスの種を事業会社側に積極的に提案し、実現している。ビジネスを担当する事業会社を支える機能会社であるにもかかわらず、だ。
ヒト:カニバリは気にしない
いわば相手の担当領域を侵食しているようなものだが、日本のトップデータサイエンティストの1人であるリクルートテクノロジーズの西郷専門役員は、「多少のカニバリズムはいとわない。むしろそれが強みだ」と言ってのける。これぞリクルート流の切磋琢磨であり、強さの源である。相互のデータ活用部隊が協力する一方で、ビッグデータ部が事業会社のビジネス部隊にまで“侵食”することがある。
カニバリズムによって生み出された事業やイノベーションは少なくない。例えば、リクルートライフスタイルの中にある美容メディアの「ホットペッパービューティー」。
顧客である利用者がモバイルサイトを訪れ、好みのネイルデザインを選ぶと、その画像を自動で解析して、登録されている商品写真の中から、同じ系統の色を持つネイルデザインを探し出し、画面に表示するという仕組みを備える。利用者はカラーチャートの中から好みの色を選ぶだけでもよい。
これを実現したのは、ビッグデータ部の石川氏である。「出版物に商品やサービスの情報を掲載して成長してきたリクルートの事業を同じようにネット上で展開するには、蓄積された大量の画像データに基づいて判定する画像解析技術が欠かせない」と考え、技術研究にまい進していた。
実用化できる段階になって、「こんな技術があります」と各事業会社に声をかけたところ、「それならば使ってみたい」と手を挙げたのがホットペッパービューティーの事業だったのだ。
これまでは、ネイルデザインを提供する事業者側が自社の判断で「赤色」「水色」などと色を指定し、登録していた。利用者が色で検索しても、この事業者の登録に基づいて検索されるので、利用者が考えている色と異なるデザインが示されることが少なくなかった。データに基づく画像解析技術を使うことでこうしたミスマッチはなくなり、「それまでに比べて利用者の満足度は上がった」(ビッグデータ部の石川氏)。

切磋琢磨し横展開する仕掛け
各事業会社とリクルートテクノロジーズが互いに協力しつつ、切磋琢磨するように促す仕掛けも用意している。
その1つが人材の交流である。ビッグデータ部はもともと、情報システム部門に相当するFIT(Federation of IT)とインターネットマーケティングを担当していたIMO(Internet Marketing Office)という2つの部署が2009年に合流して設立されたリクルートMIT(Marketing and IT united)という社内組織が前身である。
採用を強化した直近2年より以前から社内にいたデータサイエンティストやエンジニアの多くは、この組織に属していた経験がある。そこから事業会社に移り、データ分析担当部署にいるという社員が少なくない。ビッグデータ部と事業会社のデータ分析担当部署の間で人が移ることも多く、できるだけ互いが顔を見知っている間柄で仕事が進むように配慮されているのだ。
例えば、前述の山崎グループマネジャーが属するリクルートマーケティングパートナーズのUXデザイングループは、スタッフの半数以上をリクルートテクノロジーズとの兼務者で占めている。
それだけではない。事業会社とビッグデータ部の間で定期的な会合もある。リクルートテクノロジーズの西郷専門役員は週に1回、事業会社でデータ分析部署にいる社員と、定期的に会合を持っている。そこで情報を交換し、今後の協力やビジネスの展開を迅速に進めている。
実際、そうした会合でリクルートテクノロジーズの西郷専門役員が取り組もうとしていたデータ分析システムの原型を事業会社が既に持っていることが判明し、ビッグデータ部が主導して他の事業部門に横展開することもある。1つの事業会社と一緒に手掛けたプロジェクトで成果が出れば、その成果を他の事業会社の別のプロジェクトに横展開していくこともある。
「横展開をする場合、最終的には上司の許可が必要だが、現場の会合でそれが分かることは大きい。迅速に展開するには、こうした情報交換が不可欠だ」と西郷専門役員は語る。

カネ:収支や上下にとらわれない
リクルートテクノロジーズがグループ内の事業会社の中を縦横無尽に走り回ることができるのは、その独特な機能形態にあるとも言える。
リクルートテクノロジーズのようなIT系の子会社は、数百人もの大所帯となれば収入を増やすために外部の仕事を請け負うことが少なくない。また、IT子会社にとって事業会社は、IT投資の予算を獲得する“顧客”であるため、相対的な社内の力関係で弱くなることがある。こうした雑音を一切排除しているのが特徴だ。
ビッグデータ関連のシステムに限らず、リクルートでは情報システムなどを開発する時、「開拓→実装→展開→運用」というフェーズで進めている。「開拓」で技術動向を把握し、「実装」の結果を踏まえてフィージビリティスタディとしてシステムを動かすのが「展開」だ。このうち運用以外の、開拓・実装・展開の費用を事業会社に請求せず、リクルートテクノロジーズの予算でまかなう。

費用の出所は、持ち株会社であるリクルートホールディングスである。年間投資額が予算化されており、リクルートテクノロジーズには利益義務がない。予算は数百億円規模で確保されているという。ホールディングスとの定性的な目標をクリアして、かつ予算をしっかり使い切ることが求められている。
ビッグデータ部は短期的な利益を重視する必要がなく、成果がでるかどうかの確証がないデータ分析や、先端技術の開発などに専念できるというわけだ。「目先の利益を考えたら控えるようなテストをあえて実施したり、グループに必要不可欠な技術を、腰を据えて開発したりできる」(リクルートテクノロジーズの中尾隆一郎社長)。
事業会社に収益を依存していないため、収入を増やすためにムダにシステム規模を大きくすることがないこともメリットである。グループ全体を考えたら、他と重複するような機能は削り、プロジェクトを小規模化して、余った投資額を他に振り向ける方がいいという判断がしやすい。