オーストラリアの広い農場、生育した稲の間をヤンマーのトラクターが走って行く。しかし、このトラクターに人の姿は見えない。衛星からのデータを利用した自律走行型ロボットなのだ。こうした光景は将来、当たり前のものになるかもしれない…。
実験を実施したのは日立造船、日立製作所、ヤンマーの3社。今年1月、「準天頂衛星システム」から発信される高度測位信号を用いて、無人の自動走行を実現させた。
3社は昨年11月にも自動走行の実験を成功させているが、今回は新たにトラクターに農作物の生育状況を観測する「生育センサー」を搭載。日立製作所がトラクターの走行データと、生育センサーが集めた農作物の生育状況を、ともにコンピューター上の地図情報に重ね合わせて可視化し、データとして蓄積する実験も実施した。

今後も実験を重ね、将来は、「蓄積したデータに基づき、センチメートル単位の精度が要求される精密な農作業を、無人のトラクターを自動走行させながら実施することを目指す」(日立造船の精密機械本部電子制御ビジネスユニット電子制御営業部の神崎政之部長代理兼主席技師)と言う。
準天頂衛星とは、通常の宇宙衛星が使う静止軌道ではなく、指定した地域の真上を通るように8の字のような軌道を描いて動く衛星のこと。日本が2010年に打ち上げた準天頂衛星「みちびき」は、日本からアジア、オセアニアという特定の地域の上空に長く留まれ、山やビルに遮られることなく電波を送信できるという特長がある。しかも、GPS(全地球測位システム)と比べてより高精度な測位が可能になる。
測位精度3センチメートルを実現
今回の実験では、高度測位方式として「RTNet」と呼ばれる方式を採用した。準天頂衛星システムからの高度測位信号を用いるだけでなく、あらかじめオーストラリアの地表に設定された電子基準点の位置情報も併用することで、これまでよりも高度な測位を可能にしている。GPSの測位精度は約10~20cmが限界とされているが、準天頂衛星システムを用いた今回の実験では、測位精度3cmを実現。幅30cmのトラクターのタイヤが、幅40cmの溝から外れずに走行し続けるなど、「誤差5cmの精度でトラクターを動かすことに成功した」(神崎氏)。
実験は、総務省が実施する「海外における準天頂衛星システムの高度測位信号の利用に係る電波の有効利用に関する調査」を受託し、オーストラリア政府機関や大学とも協力する形で実施した。今後は、今回の実験に参加した企業を中心にコンソーシアムを結成し、自律走行可能なロボットトラクターを使った精密な農作業を事業化し、オーストラリアはもちろん、東南アジアや日本での展開も検討していく予定だ。

その際、日立造船では「作業するロボットの小型化を目指す」(神崎氏)と言う。今回は広大な平地の農場で105馬力のトラクターを使用している。しかし、凹凸の激しい複雑な地形では50馬力程度のトラクターの方が制御しやすい。東南アジアや日本に珍しくない狭い棚田などでも活用できるし、広大で平らな地形の場合は、ロボットトラクターを大量に投入することで対応できるというわけだ。
もっとも、事業化に際しては、通常の宇宙衛星に比べてより高い高度を動くため大型となり、制作・運用コストも高くなりがちな準天頂衛星を、日本が今後も継続して打ち上げ、運用し続けることが必須条件になる。
現時点では、2016年から17年にかけて準天頂衛星3基が追加で打ち上げられ、2018年からは4基体制での運用が予定されている。「一定地域に高度測位情報を24時間送り続けるには、最低3基の準天頂衛星が必要」(神崎氏)。準天頂衛星システムを用いたロボットの制御やデータ収集をビジネスとして発展させるうえで、日本政府の計画通りの対応が期待される。