データ分析リーダーの使命をすかいらーくの取り組みから学ぶ本特集。後編は、同社の取り組みから見えてきたデータ分析リーダーが取り組むべき5項目をまとめる。社内のデータ活用のやる気を高める方法として注目すべきは「ゴールドラッシュ」である。

データ分析リーダーの使命をすかいらーくの取り組みから学ぶ。同社の取り組みから見えてきたデータ分析リーダーが取り組むべき5項目をまとめる。社内のデータ活用のやる気を高める方法として注目すべきは「ゴールドラッシュ」である。

広告宣伝費を12%削減

 分析組織をつくり、システムのインフラを整えた神谷勇樹ディレクターが取り組んだのは、クーポン配信などマーケティングの費用対効果の「見える化」だった。新聞の折込チラシ、テレビCM、キャンペーン、クーポンなど様々なプロモーションの費用対効果を見直して、広告宣伝へのお金の投入のしかたを変えた。その結果、すかいらーくの2013年上期と2014年上期を比較すると、売上高は39億円増加しているのに、広告宣伝費は25億5200万円から22億3700万円へと12%削減している。

広告宣伝費を12%削減しつつ売上高は増加
広告宣伝費を12%削減しつつ売上高は増加

 その後、2014年9月にリリースしたガストアプリが優れた集客ツールになっていることで、さらに広告宣伝費は削減されているとみられる。これまで広告宣伝の主力だった新聞折込チラシに比べてクーポン利用者数は1.5倍、コストは100分の1で済んでいる。アプリのダウンロード数は昨年12月に100万に達し、今後2~3年で2000万を目指している。

新聞の折込チラシとアプリの比較(2014年11月実績)
新聞の折込チラシとアプリの比較(2014年11月実績)

 ガストの店舗でアプリの告知をしているだけで、広告宣伝費はほとんどかからず、ユーザー1人当たりの獲得コストはわずか数円だ。アプリで配信するクーポンの設計もうまくいっているようで、「1回のキャンペーンでアプリ開発のコストを回収できた」(神谷氏)と言う。

 アプリのリリース後、ガスト既存店の売り上げの前年比が、全既存店の伸びを上回った。アプリがガストの売り上げ向上に貢献していることがうかがえる。

既存店売り上げの前年同月比
既存店売り上げの前年同月比

 データ分析チームはガストアプリに深く関わっている。ガストアプリの技術サイド、開発ディレクション、データ分析でリーダーを務めているのも神谷氏だ。

ゲームビジネスのKPIを生かす

 神谷氏は前職のグリーで、2011年6月から2012年4月までデータ分析チームを率いた。グリーのゲームビジネスが急成長を遂げていた時期だ。グリーは細かなKPI(重要業績評価指標)を設定し、その数字を手がかりにして短期間で改善策を重ねるというやり方を徹底的に追求した。

 アクティブユーザー率、継続利用率、1ユーザー当たりの平均支出額、ゲームユーザー全体のうちお金を使う人の割合などの数字をKPIにして集客していく。ゲームをやめそうな顧客がいたら、その人がもっと楽しめると予測されるゲームを勧める。アクティブユーザーにはもっとお金を使ってくれることが見込めるようなゲームを勧める。

 「グリーのビジネスがあれほど大きく成長できた理由はそれに尽きる」とまで神谷氏は考えている。

 グリーには社内のほとんどあらゆる部署にデータ分析チームがあった。神谷氏と同じ時期に、グリーの別の部署でデータ分析に取り組んでいたのが、マーケティング向けソフト開発のインティメート・マージャー(東京都港区)の簗島亮次社長だ。神谷氏には、「ITに強くて何でもできる人だった」という印象を受けている。

 簗島氏自身がデータ分析のパワーでグリーの成長に大きく貢献した。前述したようなKPIに基づく集客、顧客育成策を構築して、たった1カ月でゲームの売り上げを7倍に高めることに成功した。グリーに入社してまだ1年目のことである。

 神谷氏はグリーのゲームビジネスで学んだ手法をすかいらーくのモバイルアプリで生かそうと考えている。細かなKPIを設定し、その数字を手がかりにして改善策を重ねる。改善策は小さなもので構わない。それらが掛け算となって大きな成果を生むことを神谷氏は知っている。

モバイルアプリのキャンペーンで成果を出すための3つのステップ
モバイルアプリのキャンペーンで成果を出すための3つのステップ

IT活用企業にこそイノベーション

 神谷氏は現在36歳。学生時代からITが得意で、東京大学に在学していた頃からSE(システムエンジニア)として活動していた。統計学の基本も大学時代に学んでいる。

 2003年9月に東大工学系研究科化学システム工学の修士課程を修了。2004年4月にボストンコンサルティンググループ(BCG)に入社した。小売、消費財、モバイル、インターネット業界を担当し、ビジネス課題を分析して解決策を作る仕事に取り組んだ。

 2010年10月にグリーに転職。米国子会社の立ち上げや企業買収、ビッグデータ分析、新規事業のマネジメント、東南アジア市場開拓などに関わった。

 すかいらーくに転職したのは、潮目の変化を感じたからだ。「IT企業よりもITを使う企業で大きなイノベーションが起こり始めている。(外食産業は)ITを使ってできることがたくさんある。自分のスキルが使えることをゼロからやってみたいと思った」(神谷氏)。

 すかいらーくが神谷氏をデータ分析のリーダーに選んだのは、入社前から神谷氏の実力を分かっていたからだろう。外部人材の登用で同社を支援してきたベインキャピタルには、神谷氏とともに働いていたBCG出身者がいた。神谷氏の実力は、ベイン社内でも知られていたのである。

 APT日本代表の及川直彦氏は3カ月に1度くらいの割合で神谷氏と会って情報交換をしているが、「神谷氏はマーケティングの洞察力と、経営の視点から課題の優先順位をつける力の両方を備えた人」だと感じている。

 短期間でデータ分析の成果を次々に出した神谷氏だが、目の前には課題もある。すかいらーくには店舗ブランドが多数ある。主力のガスト店で深掘りができていることを、他の店舗ブランドにも広げていかなければならない。

 さらにマーケティングだけでなく出店戦略などに関しても、データ分析の力が求められそうだ。神谷氏自身も、店舗の業務やサプライチェーンといった分野にまでデータ分析の支援対象を広げたいと考えている。

「ゴールドラッシュ」を目指せ

データ分析リーダーがやるべき5つのこと
データ分析リーダーがやるべき5つのこと

 データ分析リーダーのやるべきことが今回のすかいらーくへの取材から浮かび上がってきた。それを右の表にまとめた。(1)と(2)は神谷氏の持論そのままだ。

 データ分析組織と他の組織との違いは、利用するITや分析のテクノロジーの進歩がやたらに速いこと。リーダーが新しいテクノロジーに明るくないと、部下をしっかり牽引できない。だからリーダー自身が新しいテクノロジーを率先して学ぶ必要がある。これが(3)の意味だ。神谷氏も機械学習のような新たな領域を習得するために本を読み、ツールを自ら動かして学び続けている。

 (4)はどんな組織のリーダーにも言えることだと思うかもしれない。しかし、分析組織にはとりわけ高い専門性が求められるので、分析チームのメンバーに学ぶ機会を与え続けなくてはいけない。

 BCGの井上潤吾シニア・パートナー&マネージングディレクターは「少数精鋭がデータ分析組織づくりのポイントだ」と言う。「精鋭」に重点がある。たった1枚の分析レポートが企業にとってとても大きな価値をもたらすことがあるからだ。教育のポイントも組織づくりと同じで、本物の精鋭を育成できるかどうかにかかっているのではないだろうか。

 (5)は(2)と同じように見えるかもしれない。しかし、他部署とのコミュニケーションとは別のやり方で人を動かし、社内のデータ活用のやる気を高める方法がある。インティメート・マージャーの簗島社長はそれを「ゴールドラッシュ」と呼ぶ。データ分析で目覚しい成果を出せば、社内全員が自然と注目してくれる。ガストアプリが大きな成果を出しているのに、バーミヤン担当者が黙って見ていられるだろうか、というわけだ。

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