相関、重回帰、決定木──。データ分析手法には難解な用語がついてまわる。一方で手法を絞り込んで、成果を出す事業部門の担当者も少なくない。その実態とコツに迫る。
「マーケティングなど事業部門のデータ活用担当者であれば、習得すべき分析手法は多くても5つだろう」
日本航空(JAL)の販売サイトにおける顧客行動を分析することで販売増などの成果を出している、Web販売部1to1マーケティンググループの渋谷直正アシスタントマネジャーはこう言い切る。

多くの分析手法を駆使することで大量データのなかから最適解を見いだす、データサイエンティストからすれば“邪道”に思えるかもしれない。
しかし本誌は今回、データ活用を積極的に進めている8社の事業部門におけるデータ活用について取材した結果、普段使っていて重視しているデータ分析手法は渋谷氏の指摘する5個かそれ以下だった。8社中4社が5個、3社が4個、1社が3個だった。8社の担当者には特に数を絞らないで手法を挙げてもらった。
マーケ、生産、調査など各部門で
もちろん取材を受けた担当者のノウハウでもあり、その企業全体での取り組みを示すものではない。ただし今回、マーケティング、生産、調査・商品開発、経営企画、Webサービスといった多種多様な部門の担当者に話を聞いた。業種や部門を横断した知見であると見ることができる。
ダイドードリンコのマーケティング部で市場や商品のリサーチを担当する顧客・市場調査グループの大垣侑加子氏は、「今回、改めて自分たちが活用している手法を整理してみたところ、よく使うものは4つであることを再認識した」と言う。

全日本食品はマーケティング本部の担当者がID付きPOS(販売時点情報管理)データの分析を行っており、クーポン発行などでのレコメンドの精度を高めている。マーケティング本部商品RS企画推進室の五木田浩信次長は「有名な手法は10個以上試してきたが、今は5個程度」と絞り込んだ。五木田氏はシステム系出身だが、統計分析の知識は持っていなかった。
手法自体を意識していないケースもある。宇治茶や抹茶スイーツを製造・販売する伊藤久右衛門は、事業統括本部長の広瀬穣治氏が分析手法を駆使し、内製でデータを分析している。ただ広瀬氏は「もともと手法を意識せずにロジックを実装していたが、後からRFMやアソシエーションという分析手法であることを知った」と明かす。
社内に専門家がいれば“割り切り”もしやすい。リクルートライフスタイルで消費者向けのネットサービス全般を担当しているネットビジネス本部ディベロップメントデザインユニットアーキテクトグループの前田周輝氏は3つの手法を重視していると挙げつつ、「複雑な分析は、手法を理論から知っているグループのデータサイエンティストに依頼し、任せることにしている」と言う。
手法は9種、ツールは商用中心
では実際にどのようなデータ分析手法を活用しているのか。それを示したのが下のグラフであるが、全部で9種類に収まった。なかでもクロス集計は8社中全社、クラスタリング分析は8社中7社が基本的な手法として重視している。

3番目以降は拮抗している。この部分で業種や業務で必要となってくるデータ分析スキルが分かれてくると見ることができる。
ビジネス部門のデータ活用担当者にとっては、分析手法のロジックを組み込んであり、活用法の情報も多い分析ツールの役割も重要だ。
具体的には「分析ツールを使えば、手法そのものを深く学ぶ必要もない。現場の担当者としては、必要になった時点で後から学べばいい」(村田製作所 モノづくり技術統括部モノづくり強化推進部生産革新2課の下八重修マネージャー)との意見が大勢を占める。
今回取材した各社は日本IBMの「SPSSシリーズ」を活用しているのが3社と最も多く、SAS Institute Japanの「JMP」の2社が続く。1社が日本マイクロソフトの「Excel」をメーンの分析ツールとして活用していた。ウイングアークのBI(ビジネスインテリジェンス)系のツール「MotionBoard」、Tableau Japanの「Tableau」を活用する企業もあった。
一方で流通系の企業は販売や商品の情報を蓄積したデータベースの内容などを操作する言語である「SQL」を活用して分析を行っているケースが多いようだ。
「SQL言語で操作する基幹データベースサーバーにPOSや商品などのデータが入っている。SQLのプロからしたら洗練されていないと思われるようなスクリプトを組んでいるが、実行時にどのような処理を行っているのか追いやすいので安心感がある」(全日食の五木田氏)。
九州地盤でスーパーやホームセンターを展開するトライアルカンパニーはSQLとRを言語として、マーケティングデータの分析を行っている。
意外にも無償ツールのRを主として活用しているのは、トライアル1社のみだった。各社がRを使わない理由について「データ分析の手法を多く知りたいのでないならば、商用のツールを活用すべき。習得にかかる手間と時間を考えたら、投資を回収できると考えるはずだ」との声も聞かれた。
トライアルは東京のオフィスで有名大学の学生を約20人雇用し、マーケティングのデータ分析担当者として育成している。常時およそ5人がID-POSのデータを分析し、社員と連携しながら販促策の立案やクーポンの企画などに取り組む。