人間の行動から傾向を発見し深層心理に迫り、ビジネスに生かす手法を探る本特集。後編は、従業員の適性や行動をデータ化し、早期離職の防止や業務改善に役立てる事例から、果たしてデータで人間行動を見抜くことができるのかを検証する。
自社の“できる人材”を定義、将来見通すほけんの窓口
ヒトのデータはセンサーで取るものもあるし、IQテストや適性診断のようにテストで取るものもある。そうして得られた結果から自社に合ったアウトカムを設定しているのが、来店型の保険販売ショップを全国展開する、ほけんの窓口グループである。
同社は社員を採用する際、その人の将来の行動をデータから推測することに力を入れている。人材の採用に適性診断テストを使用する会社は多い。こうしたデータでどこまでその人の将来の働きぶりを予測できるのか確かめたのだ。
ほけんの窓口グループは現在、毎月20人ほどを中途採用している。昨年は出店計画の急拡大に合わせて毎月100人ほどを中途採用してきた。応募してくる人の思いや職場への適性と、会社が求める人材像とのミスマッチを起こさないことが重要だった。とりわけ早期離職されると会社にとっては育成も含みコストが高く乗ってくる。新たな職場を探す人にとっても不幸である。
優秀な人との“差”が明確に
人材を管理するタレントマネジメント関連のサービスを手掛ける、CYDAS(東京都港区)の仕組みを採用した。人材管理サービスと連携できる適性診断を受けることで、その人の「積極性」や「協調性」といった項目についてのスコアが得られる。この結果を自社に合った指標として解釈をするため昨年夏、全社員に適性診断を受けてもらった。結果は、「診断スコアと業績パフォーマンスとの関連性は確かにある」(営業本部人材開発部の夏原賢次部長)というものだった。
成績優秀な人たち(図の「ハイパフォーマー」)として選ばれたのが複数の店舗を束ねるブロック長である。ブロック長はたいてい店舗の営業職を経て店長を務めた経験がある。1年以内に退職した人を「早期離職者」として利用した。この他に3年以上成績が低迷している人たちのデータを長期低迷者(図の「ローパフォーマー」)とした。成績の優秀な人と長期間低迷している人で差の大きい項目と小さい項目がある。意味があるのは差の大きい項目だ。

成績が優秀なのは自己信頼性と自主性が高く、それでいて協調性に富む人たち。性格面では、弱気になることがあまりない。このような相関が会社や職種ごとに違うのは当然である。自社のデータで裏付けたからこそ、採用に役に立つわけだ。
ほけんの窓口グループは採用の2次試験の段階で、応募者にこの適性診断をネット経由で受けてもらっている。適性診断の結果によっては、ふるい落とす場合もある。「会社と相手にとっていい事であると考え抜いた」(夏原部長)。最終面接試験のときにも、適性診断の結果を参考にしている。
前出のコールセンターの例で取り上げたTMJもほけんの窓口グループと同じような取り組みを始めた。
オペレータの採用で適性診断を受けてもらい、その人が早期に退職する可能性や、入社後に予測される業務成績をそれぞれ「スコア」と呼ぶ1つの数字で算出している。適性診断そのものは社外のものを購入し、診断結果のデータから算出する方法を社内で開発した。
スコア算出の基礎になっているのは過去の数万人分の適性診断の結果と、入社後の勤務成績などのデータである。過去のデータで予測の精度を調べたところ、「100人中70人の割合で正しく予測できる」(辻氏)という。このようにスコアの確からしさを確認できたため、昨年からオペレータを採用する面接官にスコアを渡し、利用してもらっている。
仲居さんの行動を数値に、顧客注文で調理場を最適化
日本食店を展開するがんこフードサービスは、産業技術総合研究所などのアカデミックと連携しながら、データで見抜いたあらゆる人間行動をビジネスに生かしている。
今年10月に東京・新宿にオープンした新店舗、「お屋敷・山野愛子邸」。この店舗の仲居さんの着物に小型センサーを装着。接客中の動きを取得し、次なる改善点はどこにあるのかを探っている。
こうした行動計測には3年前から取り組んでいる。センサーによるヒトの行動計測データと、顧客のモノとカネに結び付く注文行動を示すPOSのデータを突き合わせ、改善点を探した。
東京・銀座にある和食店舗では、改善後に無駄な動きが明らかに減った。産総研のサービス工学研究センターが「持ち場専念率」と「持ち場守備率」という2つの指標を考案し、働き方の質を点検した。仲居さんがどのように注文をとっているかに注目したものだ。
具体的には、持ち場守備率は自分の持ち場で発生する注文のうちどれくらいをカバーしているかを表す。持ち場専念率は自分がとった注文全体のうち、自分の持ち場の注文が占める割合だ。
改善前は守備率が高いが、専念率が低い、いわゆる「ベテラン型」のスタッフが多く存在した。これは、持ち場専念率が高いにもかかわらず守備率が低い、「手一杯型」のスタッフを支援しているという構図である。

この分析結果を受け、スタッフの役割分担を進めたり、ワゴンを導入して料理を中継しながら運んだりといった改善策を見いだした。結果としてほとんどのスタッフが守備率と専念率の両方が高い「きっちり型」へと移行した。
仲居さんの本来の仕事である接客時間の割合を増やすことで、顧客満足度の向上や注文量の引き上げにつなげるという考えだ。
改善後は特別に優秀なベテラン型に頼らず、チームとして効率よく仕事をこなす働き方に変わったことがうかがえる。
人間の発見を、コンピュータで証明
データによる改善活動を推進するのは、新村猛副社長である。CIO(最高情報責任者)の時代から、活動を推進している。
売り上げ向上や利益の改善というアウトカムに結び付けるには、こうした全社や経営の目線での改善や刷新の活動が欠かせない。新村副社長は、営業に当たる客席だけでなく、生産工場に当たる調理場にもメスを入れた。
こちらは神戸大学大学院システム情報学研究科の藤井信忠准教授の協力を得た。同社のエキスパートらが設計した複数の案をコンピュータでテストして、最も効率がよい設計を見いだし、既存店の改装や新規店のレイアウトに採用するものだ。
入力するデータは、顧客の注文行動である生のPOSデータと、カメラで分析した調理人の調理にかける時間である。実際に効果は見え始めている。「顧客の注文を受けてから、席に出すまでの時間が平均で12~13%削減できる」(新村副社長)。
一方で、コンピュータ主導で最適配置を割り出させる試みもしているが、現時点では実現できていない。
コンピュータの得意なことはコンピュータに任せるが、調理場のレイアウト判定のように「人間とコンピュータが『共創する』関係がよい」というのが新村副社長の考えだ。
これは偶然にも、矢野氏が語る「登山者にとってのシェルパのようなコンピュータをつくりたい」という思いと一致する。