日本中が沸いたテニスの錦織圭選手の全米オープンでの活躍の裏で、有料放送WOWOWの新規加入者は急増した。その退会をどう防ぐか、同社が約20年間蓄積してきたビッグデータの分析が大きな効果を発揮する。

 どうすれば、会員の解約防止率を上げられるのか─。有料放送のWOWOWは、その答えを見いだした。約20年前の開局以来蓄積してきたビッグデータを生かしたのだ。

 従来の解約防止率は約15%。これは、100人が解約を希望したいとWOWOWのコールセンターに電話で連絡してきたときに、そのうち15人を引き留めることができることを意味する。ところが、2年前にビッグデータを活用して打ち手を考えたところ、平均して17.3人を引き留めることができた。解約防止率2.3ポイントの改善だ。一体どんな手を打ったのだろうか。

62クラスターの離反率を予測

 まず約276万3000人(今年9月現在)という会員を、ディシジョンツリー分析を用いて62の属性(クラスター)に分類。その離反率(=退会率)を予測するために、加入期間、新規加入・再加入の違い、再加入の場合は再加入までの期間、加入時の目的の番組、性・年代などのデータを説明変数にしてロジスティック回帰分析をする。それぞれのクラスターごとに退会する確率が分かるようにしたのだ。

 例えば、契約期間が1カ月で再加入、さらに前回の加入期間も1カ月の人。しかも再加入までの期間は1カ月という、まさにつまみ食いをしているようなクラスターは、離反率が65.7%と推定される。見たい番組が終わると解約を申し出て、いくら引き留めてもムダという感じになる。

 毎月、各クラスターを見直す中で、離反率は変わってくる。例えば、今年9月、日本を代表するテニスプレーヤーの錦織圭選手が世界四大大会の1つである全米オープンでベスト8に決まった途端、独占放送していたWOWOWに加入する人が急増した。加入の目的はズバリ、錦織選手の試合をテレビ観戦することだ。

 決勝進出が決まった週は、加入に関する問い合わせは通常の20倍に達した。その結果、今年9月の新規加入は15万3273件。8月に比べて約11万件増えた。単月では過去最多となった。それまでは開局した1991年4月の約12万4000件が過去最多だった。

 しかし、今年10月下旬(22日~31日)には、解約を申し出る加入者が増えているようだ。錦織選手の試合を見るために9月に加入した人は、その月の視聴料は無料。翌月の10月から支払いが発生する。「詳細はお答えできないが、想定の範囲で推移している」(WOWOW関係者)というが、1カ月の通常の視聴料である2484円だけを払って解約する人は多いという。

 WOWOWとしては、こうした加入者をいかに引き留めるかが勝負になる。単に錦織選手が挑んだ全米オープンの試合だけが見たかったという人もいれば、もともとテニスの試合を見るのが好きな人もいる。前者を引き留めるのは難しくても、後者なら11月に放送するテニスをはじめとするスポーツ番組を紹介することで、会員を続けることになるかもしれない。

ヒト、キモチ、モノのデータ

 離反しにくい人、離反しやすい人はどんな人なのか─。蓄積している膨大なデータに基づいて分析・整理できるという。

 膨大な会員のデータは、ヒト(氏名、住所、生年月日など)、キモチ(加入動機番組/ジャンル、番組趣向の理由など)、モノ(タイトル、放送日時、制作国など)ごとに整理して保存してある。このうちキモチ情報については、例えば「ドロドロした(恋愛)ものが好き」「サザンオールスターズのライブが好き」「邦画サスペンスが好き」といった情報だ。

約20年間に蓄積した多岐にわたる情報
約20年間に蓄積した多岐にわたる情報

 2年ほど前からは、問い合わせがあったものの加入に至らなかった未加入者の情報も保存するようになった。さらに、退会した離反者の離反理由なども記録するようになった。

 こうした膨大な情報から、62通りの属性ごとにどんな人なのかを浮き彫りにして、それぞれのクラスターに応じて引き留めるための打ち手を考えた。その打ち手は「リテンションカルテ」として、オペレーターの画面に表示される。会員がオペレーターに電話をかけて、「退会したい」と言ってきたとき、会員のIDをリテンションカルテで検索すると、クラスターと打ち手が表示される。

 オペレーターの数は約1400人。オペレーターはレベルに応じて大きく3つに分類される。真ん中のレベルが約6割、ベテランが約2.5割、残りの約1.5割が一番低いレベルのオペレーターだ。一番レベルの低いオペレーターには、どんな言葉を加入者にかけたらいいのか、具体的な文章が表示される。例えば、こんな文章だ。

 「ここから先は解約のお話となりますので、少し弊社からも確認とご案内があるのですが、来月にはこんな番組があります」

 電話がかかってくる時期にもよるが、まだ翌月の番組表が届いていない20日頃の場合、退会を申し出た会員にこう話しかける。「番組表は届いていますか?もしまだなら、番組表を見てから判断されても遅くありません。来月には、お客様がお好きなサザンオールスターズのライブ番組や新作のサスペンス番組がスタートします。月末までに退会の連絡をいただいても大丈夫です。土日も対応しています」といった具合だ。

クラスターごとの対応をオペレーターの画面に表示
クラスターごとの対応をオペレーターの画面に表示

 レベルの高いオペレーターには、文章ではなく、会員に伝えた方がいいキーワード(単語)が羅列される。

 「62あるクラスターのうち、離反率15~20%ぐらいのレンジが狙い目。打ち手の効果が出やすい」と、WOWOWの全額出資子会社であるWOWOWコミュニケーションズWOWOWカスタマー事業部企画課の渡邊博課長は話す。

 同社が抱えるWOWOWのビッグデータは、毎月1回メンテナンスされる。前述したようにそれに応じて、62のクラスターも見直しが行われる。

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