日経ビッグデータの独自調査から、企業のデータ活用成果は部門別に大きな格差があることが判明した。成長を目指す「攻め」と、コストを下げる「守り」のデータ活用の鉄則を探る。
今年6月から8月にかけて、日経ビッグデータが日経リサーチの協力を得て初めて実施した「企業におけるデータ活用の実態調査」によって、データ活用の先進企業群の取り組みが明らかになった。
調査対象は上場企業とそれに準じる4206社で有効回答数は203社。調査内容や結果は、データ活用を推進するために日経ビッグデータラボ内に設置し、26の会社・団体/個人が名を連ねる「アドバイザリーボード」の意見を聞きながらまとめた。

調査の結果、部門によってデータ活用の効果に差がついていることが明らかになった。データ活用で何らかの成果を上げた企業の比率を部門別に見ると(上図参照)、サポート部門(75.0%)と生産部門(73.6%)は7割を超えているものの、開発部門(58.8%)と販売部門(57.8%)は6割を切り、サポート部門と販売部門との間には17ポイント以上の差がある。
サポート部門や生産部門は、仕事を進めるなかで自然とデータが蓄積されやすく、かつコスト削減など「守り」が中心なので成果を出しやすい。一方、売り上げ向上など「攻め」が主目的の開発、販売部門は、データを活用しても確実に結果が出るとは限らない。また、POS(販売時点情報管理)データのような定量データだけではなく、顧客心理など簡単には収集できない定性データを活用しないと効果が出にくい面もある。そのため、成果が出しにくいと捉えられているようだ。
具体的に、データ活用に何を期待しているのか、その取り組みで成果を上げたのかという「達成率」(=成果÷期待)を個別に見てみよう。他の部門、例えばサポート部門は、「クレームの低減」「問題発生時の対応迅速化」で80%超の達成率になったのに対し、販売部門は、「潜在顧客の発掘」「顧客満足度の向上」で60%程度にとどまっている。
とはいえ、成果が出にくい傾向が強い販売部門でも、確実に成果を上げている企業は存在する。本特集では、調査の回答内容から先進的であると判断した企業の販売部門をはじめとする4部門それぞれの取り組みを解説する。そして、データの全社活用推進を担うべき部署はどうあるべきかも検討する。
【販売部門】営業現場でデータを積極活用(東京海上、GDO)
東京海上日動火災保険は、期待通りの成果が上がらないとされる販売部門において、データ活用の成果を実感している1社である。データの活用が、顧客数、自動車保険の単価や更新率、潜在顧客の発掘といった指標の引き上げにつながっている。
成果が上がっている理由は、専門部隊によるデータ活用の施策を、営業現場に徹底させる仕組みを導入しているからだ。データ分析の“切り口”として現場が見込み顧客などを簡単に探せるようにした。
実は東京海上はほとんどの保険契約が代理店経由のビジネス。そこで営業の最前線である代理店を支援するため、代理店の担当者が顧客データを簡単に分析できる仕組みを提供したのだ。「単にデータを提供するだけでなく、(顧客単価を向上させる)アップセルや(他の商品を売る)クロスセルに取り組めるようにするのが狙い」(営業企画部マーケティング室マーケティンググループの柳純一郎課長代理)。
攻めと守りの営業をデータで支援
「かんたんターゲット」と呼ぶ機能で、営業担当者が「攻め」と「守り」で簡単に顧客データを絞り込めるようになっている。
例えば、攻めであれば、ある保険契約は交わしたが、他の種目を契約していない顧客が1クリックで絞り込めるようになっている。守りであれば、満期が近い顧客や、期間内に事故履歴があり慎重な対応が必要な顧客などのデータを絞り込むことができる。こうした分析の“切り口”を、攻めと守りで約10ずつ提供している。
かんたんターゲットの活用が根付いてきたのはここ2~3年だという。導入は6年前だが、切り口のメニューが年々増えてきたからだ。また最近、顧客の電子メール情報が整備されたのも、かんたんターゲットの活用を後押しした。対面だけでなく電子メールで商品を薦めることで、情報提供の頻度を引き上げることができるからだ。
こうした施策が奏功し、顧客数は前年比で約105%、自動車保険の単価は同約102%となっている。
東京海上にも欠かせない顧客の声
損保業界では、通販専業のライバルは顧客の声を直接取得し販売戦略に活用している。こうした背景もあり、東京海上も「販売戦略を立てるうえで、最前線となる代理店とのデータ共有は欠かせない。顧客の考え方を知り、売りたいものではなく顧客が欲しいものを提供したい」(柳課長代理)と考えた。
そこで2010年、データを活用した分析から販売戦略の立案までを担当するマーケティング室を立ち上げた。約10人の担当者全員がSAS Institute Japanのツールでデータを分析している。柳課長代理のように、保険料率の高度な計算を行うアクチュアリーの資格を持つスタッフ、理系出身者などが在籍する。
分析するデータの整備も欠かせない。2011年にはマーケティング室で利用するデータベースを整備し、自動車保険の契約者に関わる情報を一元的に見られるようにした。これによって、窓口や電話、自動車ディーラーなど、どのチャネルで契約に至ったかを把握。また、顧客の現在の情報だけでなく、契約内容がどう変わってきたかの推移も分かるようにした。チャネルや推移別の顧客行動の差などが分析できるようになった。
現在の課題は「複数の保険商品を対象に顧客の意図を把握すること」と柳課長代理。主力の自動車保険については、顧客ごとに保険料が何千円アップまで許容されるかなどが分かるようになったという。今後は生命保険など他の商品も含めて分析できるようにしていく。「そのためにも営業の最前線である、代理店とのデータ連携はますます欠かせない」(柳課長代理)。
1億5000万PVのログなどを活用
販売部門のデータ活用で昨年から成果を上げているのが、ゴルフダイジェスト・オンライン(GDO)だ。同社はゴルフ用具の販売やゴルフ場の予約などゴルフに関わるサービスを総合的に展開するネット企業。購買履歴などが確実に手元に残るため、データ活用はいわばお手の物だ。
「国内のゴルファー人口は約1000万人なのでマスメディアを使った広告は費用対効果がよくない。そこでデータを活用し、潜在顧客にターゲットを絞ってアプローチしている」と、お客様体験デザイン本部宣伝・PR部デジタルマーケティングチームの光山勝之マネージャーは言う。
具体的には、月間1億5000万PVという自社サイトの訪問ログデータ、会員登録した顧客の属性データ、ゴルフ場予約や通販の利用データなどを突き合わせ、サイトを訪れてはいるけれどまだ顧客になっていないユーザーを抽出。さらにデータを分析し、「サイト内のこのページをある頻度で訪れた客は、その後に予約したり購入したりする」といったモデルを見つけ出す。
データ活用で成約率は4倍に

その後は、2013年1月に導入したブレインパッドのプライベートDMP(データ・マネジメント・プラットフォーム)「Rtoaster」を使って、モデルと同じような動きをするユーザーに対し、主にネット広告を使ってアプローチしている。この結果、データを本格的に活用する前に比べ、サイト内の広告のCTR(クリック率)は8倍、CVR(成約率)は4倍になったという。
データ活用で成果が出たことを受け、9月24日からはパブリックDMPも導入した。プライベートDMPを使ってマーケティングする場合、効果は高いが対象は自社サイトを訪れた人に限られる。そこで他社サイトを訪れた人のデータも収集できるパブリックDMPを使い、まだ自社サイトを訪れていない潜在顧客を探し出してアプローチするのが狙いだ。現在は、ゴルフ場予約サービスの潜在顧客にアプローチするため、同時に複数のパブリックDMPを使って、効果を検証している。
情報システム部門とは別に、使いやすい情報インフラのあり方を考える情報活用推進部という部署こそあるが、少数精鋭のネット企業らしく、現場を支援する光山マネージャーの判断が比較的通りやすい。このため、GDOでは迅速な取り組みが可能になっている。
東京海上、GDOに共通するのは、現場で分析データを簡単に生かせる仕組みを作り上げたこと。現場に負担をかけない。これが販売部門でのデータ活用の鉄則と言えるだろう。