「BigData Conference 2014 Autumn」の2日目となる9月4日は「アナリティクス / IoT DAY」として、データとその分析の手法や活用に焦点をあてた。「商品開発のためのフィジカルデータアナリティクス」のセッションでは、スポーツ用品のアシックスが計測装置開発のアイウェアラボラトリー(大阪府箕面市)、産業技術総合研究所(産総研)とともに開発した足形データ活用の取り組みについて、パネルディスカッションを実施した。モデレーターは、産総研のサービス工学研究センター副研究センター長の本村陽一氏である。
アシックス スポーツ工学研究所 機能研究部の勝真理氏は「足のデータのビジネス活用」について説明した。
研究開発だけでなく経営にも貢献
勝氏は機能商品の研究開発に長く携わってきており、多くの足のデータを収集して商品開発をしてきた。ところが「ある時にデータは商品開発のためだけでなく、事業の枠組みを変えるためにも使えることに気づいた」(勝氏)という。
この気づきから生まれたのが「iO-SYSTEM」だ。iO-SYSTEMとは、カスタマイズした靴を顧客に提供するシステムである。顧客は店舗などに設置した足形測定器で自分の足のデータを正確に測り、素材やデザインなどを選んで、靴を注文できるというもの。
顧客にとっては、自分の足にフィットし、好みのデザインの靴が手に入るメリットがある。アシックス側では、3つの効果に期待を寄せた。1つは、多様化する顧客ニーズに応えることによる「ブランド力強化」。2つ目はシステムで蓄積したデータを自社で活用する「商品開発力強化」で、3つ目は在庫ロスの削減による「収益力強化」だ。
従来、研究開発のための足形データは、お金を払って収集するものだった。ところがiO-SYSTEMならば顧客がカスタマイズした靴の注文のため、自ら足形のデータを提供してくれる。そのデータを活用して、企業としての競争優位性を高めようという逆転の発想があった。
最適な装置を社外から選定
社内の方向性は固まったが課題も多かった。例えば足形の計測器は、小型で低価格かつ必要なデータをきっちり取れる装置が必要だった。勝氏は、「求める機能を備えた計測装置を評価したところ、アイウェアラボラトリーの足形計測器が技術的な観点から適していることが分かり、導入を決定した」という。
測定したデータを蓄積した足形データと比較分析したり、そのデータから靴や中敷きを作成する際に利用したりする足形分析ソフトも、独自に研究開発する必要があった。また、顧客が靴のデザインを選べるようにするためのソフトも必要になった。「靴のデザインをリアルに3Dで表現するソフトはなかった。現物がなくても、色やデザインを変えて多方面から自由にデザインを確認し、納得して選んでもらえるようにソフトを作成した」(勝氏)。
システム面の統合も課題となった。収集した足形データと、実際に靴を作るために必要なデータは異なる。加工してデータを渡すためのフローを作った。またiO-SYSTEMで受注した商品を、顧客に短期間で渡すため、伝票や商品の流れるルートを従来と変える必要もあった。勝氏は「これまで研究開発しか経験がなかったが、ビジネス全体の流れがよく分かった」と振り返る。
足形データを測定し、流通させる仕組みを提供
産総研の本村氏は、「実際のユーザーのデータを取れることで、研究開発のためのデータよりもデータの質が向上する効果も期待できる」とiO-SYSTEMの効果にコメントした。また、本村氏は「収集した足のデータをどのように循環して活用するのかという観点もある。社内に閉じて使う方法もあるが、ユーザーにデータをフィードバックするオープン化という選択には、アイウェアラボラトリーの木村幸三氏(代表取締役)の影響があった」と指摘した。
アイウェアラボラトリーの木村氏は「当社は計測器がメインのビジネスだが、測定した身体情報をどのように活用するかを考えることを企業としてのテーマにしている」と意気込みを語った。
「iO-SYSTEMのように店頭に計測器を導入し、データを収集・流通させるというビジネスモデルを考えたとき、当時の足形計測器は数千万円するものが一般的でビジネスモデルに合致しないと判断した」(木村氏)ことを説明。そこで計測器「INFOOT」を自前で作ることにしたという。
アシックスの対応店舗では測定した自分の足形データを見て、シューズを注文することができる。足形の基本データは顧客に渡して、今後のシューズ選びの参考にしてもらうことが可能だ。足形のIDを使って、顧客が自宅からインターネット経由で足形を確認することもできる。
さらに蓄積されたデータは、靴のオーダー以外の用途でも活用している。足形データを統計的に評価するといった研究レベルに加えて、アシックス側ではインソールの開発といった商用に直結する場面でも役立てている。
本当に使えるデータを作る適切なモデル化
本村氏は「収集する足のデータは、単に足の形状だけを記録してもあまり意味がない。特徴点のデータを一緒に計測して残すことで、分析や製品設計に役立つものになる」と解説。産総研で身体データの産業活用を研究する、デジタルヒューマン工学研究センター招聘研究員の河内まき子氏に意見を求めた。
河内氏は「せっかく店頭で多くの足のデータを集めても、データの取り方が統一されていなければゴミを集めていることになる」としたうえで、「人間の身体データを統計的に分析できるようにするため、相同モデル化という手法を採り入れた。iO-SYSTEMで測定する足のデータでは、骨の位置を計測点として足の形状を表現する相同モデルを用いた」と説明した。
計測点の情報から作った足の形状モデルは、表面的な形状のデータとは違い、必ずしも美しく見えるものではない。しかし「解剖学的な計測点の情報を持っているため、すべての測定データから共通した情報を読み取れる」(河内氏)という。
河内氏の取り組みは、ビッグデータで活用するデータは、ただ集めるだけでなく、意味のある情報を持たせるための測定方法までフィードバックする必要があることを示した。
全体を総括し本村氏は、「アシックスのiO-SYSTEMから、データを実際の価値につなげるためには、やみくもにデータを集めればいいのではないことをお分かりいただけただろう。どういう人がどういうモデルで使うのかまでを考えることが大切だ」と締めくくった。