ビッグデータ活用の最先端を行く医療・ヘルスケア事業に学ぶべき点は多い。医療ビッグデータ特集の第1回は、ネット大手が相次ぎ始めた遺伝子分析サービスの動向をまとめる。

 ビッグデータの技術が医療の現場やヘルスケア産業に大きな影響を与えている。医療の現場ではレセプト(診療報酬明細書)、健康診断結果、診療データなどの大規模なデータベースの整備が進み、データ分析により病院の経営改善や地域の医療費抑制に効果を上げている。

 一方、ヘルスケアの分野は、データ分析が業界地図をも変えようとしている。一般向けの遺伝子検査サービスや100万人のデータを活用した健康管理サイトなど新しいビジネスが相次いで登場している。経済産業省は、ヘルスケア産業は2020年に市場が10兆円と現在の2.5倍まで拡大すると予測する。

 これらの背景にあるのは、医学や生命科学の研究が生み出した病気と健康に関する膨大な“オープンデータ”だ。公開された誰でも利用できる科学的な知識を活用することが、新しいヘルスケアサービスや医療のイノベーションにつながっていく。

医療・ヘルスケア分野におけるビッグデータのインパクト
医療・ヘルスケア分野におけるビッグデータのインパクト

 「遺伝子解析のコストが安くなった一方、ウエアラブルデバイスで睡眠や活動量の記録を取れる。健康に関するデータを集められるようになったのは、とても大きなチャンスが来たということ」(ヤフー Yahoo!ヘルスケアの阿南愛サービスマネージャー)

 ヤフーは6月、新しいヘルスケア事業の「HealthData Lab」の先行モニター参加者5000人を募集した。参加者はヤフーが提供する一般向けの遺伝子検査サービスを無料で利用できる。ヤフーはおよそ5000個の遺伝子から体質やリスクに関する約100項目を解析して、病気を予防するアドバイスを与える。利用者は自分の遺伝的な体質や疾病リスクなどが分かる。

 同Labの特徴は、個人の遺伝子情報と健康に関するデータの両方を最初から扱うこと。このような事業は世界的にもおそらく初めてだ。話題性も高く、先行モニターに定員以上の応募が集まった。事業を立ち上げるのは今年の秋を予定している。

 健康に関するデータの収集にはウエアラブルデバイスを活用する。1日の歩数量や睡眠状態などのデータと、遺伝子情報を活用して、活動量の「見える化」や健康管理に役立つアドバイスを提供する。モニター参加者は最低2年間、ヤフーの健康調査に協力する。

 さらに、専門家によるコーチングサービスや、共通の関心を持つ人たちのオンラインコミュニティなどを含めて、複合的なヘルスケアサイトに育てていきたい考えだ。

 いきなり5000人もの先行モニター参加者を集めるのは理由がある。「多くの人のデータをなるべく早く集めて、健康管理に役立つ新しい情報を出したい」(阿南氏)ためだ。蓄積したデータは匿名化し、ヤフー自身が分析する。そのデータ量が多いほど、健康維持に役立つ新たな発見の機会が高まる。医療やヘルスケア分野の専門家と連携してデータから新しい洞察を導き出したいと考えている。

東大医科研と組むDeNA

 ネット企業ではディー・エヌ・エー(DeNA)も7月、遺伝子検査サービスに参入する。全額出資子会社のDeNAライフサイエンスを通じて、一般向けの遺伝子検査サービス「MYCODE」を始める。同社が遺伝子検査サービスに参入するのは、会社が成長を続ける大きなチャンスとみているからだ。

 「医療、ヘルスケアは産業の規模が大きい。新しい分野に挑戦して、会社の事業を成長させたい。1年前から東京大学とディスカッションをしてきて、生命科学が今どれほど進んでいるかを学ぶことができた。インターネットの力を使って世の中に役立つサービスができる」(深澤優壽DeNAライフサイエンス社長)

 驚かされるのは新会社が当初から、データサイエンティスト、生命科学の研究者、検査装置の技術者、健康指導の専門家、栄養士などの人材を社内外から集め、数十人規模の遺伝子解析ラボを設置すること。「最初から最後まで自分たちがしっかりと責任を持ち、サービスの品質を高いものにしたい」(深澤社長)という。

 MYCODEの最大の特徴は、ゲノム医科学で世界レベルの東京大学医科学研究所(東大医科研)が協力していること。

 遺伝子検査サービスに先立って、DeNAは東大医科研との共同研究で、倫理面や社会的問題に配慮した規範性の高い遺伝子検査のシステム構築に取り組むことを決めている。MYCODEはこの共同研究を実際のサービスに活用するもの。共同研究は「ヘルスビッグデータを用いた健康長寿イノベーション」という名称で、文部科学省と科学技術振興機構が推進する「革新的イノベーション創出プログラム」の「(トライアル)サテライト拠点」に選ばれている。

 東大医科研が日本人のデータに基づく疾病予測アルゴリズムを開発する。そのアルゴリズムを活用して、DeNAライフサイエンスが一般向けの遺伝子検査サービスを提供する。

 遺伝子検査で同社が蓄積するデータのうちサービス利用者の同意を得られたものは、匿名化処理をした上で東大医科研との共同研究にもフィードバックされる。

アンジェリーナの決断

 遺伝子検査サービスといえば、女優のアンジェリーナ・ジョリーさんの決断がよく知られているだろう。しかし、ここまで紹介した一般向けサービスとはまた別のものだ。

 ジョリーさんは昨年5月、将来の乳がんを予防するため乳房の切除手術を受けたことを雑誌で告白。乳がんのリスクが高い遺伝子変異が見つかり、「将来乳がんになる確率が87%」と医師から診断されたためだ。

 特定の1個の遺伝子変異が、高い確率で特定の病気の発症と結びついていることが知られている。ジョリーさんはこのケースだ。遺伝性の高い病気の遺伝子検査は病気の診断行為にあたる。当然のことながら医療機関しか許されていない。検査を受ける人に対して、医師によるしっかりとしたカウンセリングが必要だ。

 こうした病院で行われている遺伝子検査と違い、ヤフーやDeNAなどの一般向け検査は遺伝性の高い病気の遺伝子検査はしない。調べるのは、複数の遺伝子が特定の病気の発症リスクと緩く結びついているものや、太りやすさなど体質の特徴のみだ。

 複数の遺伝子と特定の病気の発症リスクとの関係は今、盛んに研究されている。まだよく分かっていないことも多い。欧米の人たちを対象にした研究がそのまま日本人にもあてはまるとは限らない。

一般向けの遺伝子検査サービス
一般向けの遺伝子検査サービス
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