岐阜大学病院は病院内で発生するあらゆるデータを一元的に蓄積し、各部門で情報を共有している。抗生物質の適正使用やがん治療の副作用対策で素晴らしい成果をあげている。

 日本の医療は2つの課題に直面している。1つは国民所得の伸びを上回る速さで増え続けている医療費の増大を抑制すること。もう1つは医療の質を高めて患者や家族の希望を可能な限りかなえること。どちらも日本だけでなく世界各国の医療が直面している課題だ。

 医療費の増大を抑制しつつ、医療の質を高める取り組みで成果を出している病院がある。病院内のデータ活用に早くから積極的に取り組んできた岐阜大学医学部附属病院(以下、岐阜大学病院)である。

 岐阜大学病院は2004年の移転を機に、完全な電子化を実現する病院情報システムを導入した。国内の大学病院では最初に、病院内で発生するあらゆるデータを一元的に管理して完全なペーパーレス化に踏み切った。

 病院内の各部門のシステムで発生するデータは、データウエアハウスに毎日追加されてゆく。これによって、患者のカルテ、検査結果、手術記録や支払データなど全ての情報を検索できる。蓄積されるデータは1年間で20テラバイトほど。1日あたり外来で1300人、入院患者で450人のデータが発生している。

データウエアハウスを使用して情報を蓄積し、病院の各部門が共有する
データウエアハウスを使用して情報を蓄積し、病院の各部門が共有する

 新しい病院情報システムを導入した当初の狙いは、病院内の各部門の業務を支援して負担を軽減することと、病院経営に貢献することにあった。一方で、データの蓄積が進むにつれて、各部門の医療専門職が力を合わせる目的でデータが活用されるようになった。

抗生物質の処方を毎日チェック

 例えば薬剤部は、「入院患者に注射される抗生物質(抗菌薬)の処方の内容を毎日、全てチェックしている」(伊藤善規薬剤部長)。院内の感染対策チームに所属する薬剤師が薬剤部門のシステムを使って、抗生物質が現在処方されている入院患者を毎日リストアップする。

 それをもとに患者の電子カルテを開いて、感染症の種類や患者に関する情報を確認。抗生物質のもっと良い使い方に関して薬剤師から提案があれば、感染対策チームに所属する医師に連絡する。医師は処方内容を再度確認したうえで、患者の主治医と話し合う。

 これほど抗生物質の使い方に気をつけるのは、耐性菌の問題があるからだ。抗生物質と耐性菌はいたちごっこのような関係にある。新しい抗生物質が開発されても、いつかはその耐性菌が生まれてしまう。このため抗生物質を適切に処方し、耐性菌が生まれにくいように努める必要がある。

 岐阜大学病院は2009年ごろから医師、薬剤師、看護師、臨床検査技師たちが感染対策チームを作って抗生物質の適正利用に力を入れてきた。その結果、抗生物質の総使用量が減り、代表的な耐性菌であるMRSAの院内での検出率が年々低下するなどの成果が出た。取り組み前はMRSAの院内の検出率は47.6%だった。それが1年後には41.1%、2年後には39.5%、3年後には36.5%と着実に低下した。

 抗生物質の使用金額は対策チームの発足前は使用症例1人あたり2万4924円だった。これが1年目に2万4218円、2年目に2万1998円、3年目に1万9543円に減った。削減額で見ると、3年目で1人あたり5381円となる。病院全体では1年間で3550万円の医療費の削減だ。

 抗生物質を使用した症例の平均入院日数も短くなった。対策チーム発足前は20.4日だったが、3年目は17.6日となった。病院全体で年間2億円の医療費の削減となる。これは患者にとって喜ばしいだけでなく、診療報酬の包括請求制度(DPC)のもとでは入院日数が短い方が診療報酬の金額が加算されるため、病院経営にとってもプラスだ。

副作用対策でも成果を上げる

 2012年度の診療報酬の改定で、薬剤師が病棟での一定以上の業務を担う場合に、診療報酬が加算されることが決まった。「病棟薬剤業務実施加算」と呼ばれている。薬剤師の専門的な知識や能力を今まで以上に活用し、勤務医の負担を軽減する狙いだ。医療専門職のチームワークによっていっそう質の高い医療を目指す。

 岐阜大学病院は今、耳鼻咽喉科の病棟をモデル病棟にして「病棟薬剤業務」の経験を積み、それを全病棟に広げようとしている。耳鼻咽喉科では鎮痛剤、抗生物質、抗がん剤などの適正な使用に関して、「医師と薬剤師が一緒に考え、ディスカッションしている」(水田啓介副病院長)。

 がん治療の副作用対策にも薬剤師が今まで以上の役割を担っている。入院患者1人ひとりの副作用の表れ方や薬の有効性を薬剤師がチェックしている。薬の使い方に関して提案すべきことがあれば、それを医師に伝える。

 薬剤師は入院患者の初回面談時の情報、副作用の種類や程度(4グレード評価)、副作用の原因、提案した内容、提案が採択されたかどうか、副作用のその後の経過、提案が実行されて良い効果が出たかどうか、などを全て記録している。

 薬剤部は、入院期間が延長されるかどうかと関係の深い副作用の種類をデータから分析した。様々な副作用のなかでも不眠、便秘、悪心・嘔吐、非がん性疼痛、嚥下時痛、感染、口内炎などが入院期間の延長と関係が強いことが分かった。これらの副作用には重点を置いて対処すべきということである。

 薬剤師が耳鼻咽喉科病棟の業務に取り組むようになってからまだ1年ほどしか経過していないが、良い成果が早くも出ている。グレード2以上の副作用が出る患者の割合がわずか1年で36.9%から14.1%に低下した。

 副作用の種類でみると、便秘、不眠、悪心・嘔吐、感染、下痢、非がん性疼痛などの発現する率がいずれも大きく減少している。これは患者の生活の質を良くし、平均入院日数も短縮された。病院全体では年間3100万円の医療費の削減となる。

グレード2以上の副作用の発現率を薬剤部門の介入の前後で比較
グレード2以上の副作用の発現率を薬剤部門の介入の前後で比較

 患者側が負担する医療費を削減しても、入院日数を短縮して多くの患者を受け入れることができれば病院経営を圧迫することはない。岐阜大学病院は病院の経営もおろそかにはしていない。2004年度で約100億円だった病院の収入は毎年10億円ほど伸び続け、2013年度には180億円となった。

この記事をいいね!する