水処理大手であるメタウォーター(東京都千代田区)は、上下水道事業を運営する自治体や民間企業向けにクラウドサービス「ウォータービジネスクラウド(WBC)」を提供し、水道設備の点検の省力化などに貢献。IT化に遅れた同事業の常識を変えた。さらにAR(拡張現実)技術の採用やビッグデータ分析にも着手し始めた。
「設備メンテナンスの業界にパラダイムシフトを起こしたい」
メタウォーターの中村靖取締役WBC担当役員は、WBCに込めた思いをこう語る。WBCは上下水道設備の点検・管理に必要な機能を提供する。設備に取り付けた各種センサーが収集するデータや監視カメラが撮影した画像、点検員が入力する点検情報や気づきなどのデータをクラウド上のデータベースで管理する。
WBCを構築する以前、中村取締役は「ほかの業界は新しいテクノロジーの導入によって進化を遂げているのに、設備メンテナンスは30年前と変わっていない」と感じていた。
自然と情報を蓄積する仕組みに
同社に限らず、上下水道の設備メンテナンスの業務において情報を流通させる手段として、主に使っているのは紙と電話であり、ITツールは電子メールと表計算ソフトを個人的に使っているだけだった。こうした旧態依然としたパラダイムから脱却したい――。メタウォーターがWBCを構築した背景には、このような思いがあった。
もともとITで管理できる電子データが少ない業界であるため「時間が経過するとともに、自然と様々な情報が蓄積されていくような仕組みにすることを目指した」(中村取締役)。そのため、センサーから収集したデータや監視カメラの映像を定期的にシステムに取り込んでいる。さらに、点検時に入力したデータを、設備ごとの履歴情報として簡単に閲覧できるような仕組みを作った。
部品ごとに全ての情報を一覧
WBCが提供するサービスは、上下水道設備に設置したセンサーからの情報を収集・蓄積してグラフ化する「広域監視サービス」、上下水道事業者が持つ設備や機械の情報を一元管理する「アセット・マネジメント・サービス」、ウェブカメラで施設のライブ映像を送信する「画像監視サービス」、点検・維持管理の作業を支援する「スマート・フィールド・サービス(SFS)」などである。
これらの中でも、上下水道事業体の作業の効率化に大きく寄与しているのが、昨年10月に提供を開始したSFSである。タブレットに表示された地図から「機場→施設→区域→部屋→部品」というように、視覚的にドリルダウンすることで特定の部品を指定。部品までたどり着くと、その部品に関する全ての情報を時系列で表示する。
施設内で部品に関する作業記録や気づき情報を入力する際には、タブレットをかざすだけで部品を特定できる。タブレットに搭載されたカメラが、部品に貼り付けられたAR(拡張現実)マーカーを読み込んで部品を特定し、入力画面を表示するのである。
同社はSFSの導入によって、従来方式による点検・報告書作成に比べて2~3割の省力化が可能になったとしている。
ビッグデータ分析にも乗り出す
今年5月には、WBCのサービス強化を目的に、富士通と共同でARの高度利用とビッグデータ分析の実証実験を開始した。福島県会津若松市の滝沢浄水場などで、同年末まで実施する予定だ。
ARの実証実験では、点検員が持つデバイスを現状のタブレットからウエアラブルデバイスに置き換える。ヘルメットにヘッド・マウント・ディスプレー(HMD)、腕にバンドで固定できるウエアラブルキーボードを装着する。
アプリケーションも、ARを高度に利用するように強化する。HMDに搭載したカメラが部品に貼られたARマーカーを捉えると、ディスプレイ上には、その部品に関する情報が静止画やアニメーションで表示される。例えば、管を流れる水の方向が示されたり、メーターの流量に基づいてハンドルを回すべき方向が映し出される。

操作の順番や方法がHMDに表示されるので、作業の理解を助けることになり作業ミスを大きく低減することが期待できる。
一方で、ビッグデータ分析の実証実験では、これまでメタウォーターが蓄積していた情報と、新たに外部から気候データを取り入れることで、将来の故障の予兆発見や水質予測に役立てる。
具体的には、設備の稼働データや、各種センサーから収集したモーターの回転数や水圧などのデータを基に、故障の予兆を発見することに取り組む。さらに、富士通と共同で、過去の水質データと天候データの関係をモデル化し、将来の水質を予測できるようにする。