宇治茶や抹茶スイーツを製造・販売する伊藤久右衛門は13期連続の成長を続けている。その背景には、「数字を活用して現状を分析し、仮説と予測を立てる文化」が会社全体に広がっていることがある。しかし、過去には、データ処理のピーク時には業務が滞るなどデータ処理に大きな問題を抱えていた。
京都・宇治市に本社を構え、宇治茶や抹茶スイーツを製造・販売する伊藤久右衛門は、商品開発から受注、在庫、売り上げ状況などのデータを可視化し、会社全体で共有する仕組みを構築した。サプライチェーンの状況を各社員が把握することで、「数字を活用して現状を分析し、仮説と予測を立てる文化」が社内に定着。その効果は業績向上だけでなく、新製品の開発にも役立てられている。
1832年創業の伊藤久右衛門は、自社EC(電子商取引)サイトによる販売のほか、カタログによる通信販売、実店舗(京都府内3軒)での直接販売、さらにBtoBで卸も手掛けている。同社は早くから「楽天市場」などECモールを活用して、ネット販売で業績を伸ばしていた。しかし、当時はECサイトの販売データなどを次のビジネスに活用する体制は整っていなかった。
さらに、データ処理にも課題を抱えていた。ECサイトの受注処理や出荷指示、在庫管理といったサプライチェーン管理システムと、顧客対応やデータ抽出など各業務管理システムを、1つの基幹システムに集約していたのである。そのため、これらのデータ処理が重なりシステムに負荷がかかるピークタイムには、関連業務が中断する事態が発生していた。また、個別データの抽出、集計、分析は属人的な作業だったため、各部門が欲しい情報を入手するまでに時間がかかっていた。
同社で事業統括本部本部長と経営企画部部長を兼務する広瀬穣治氏は、「受注は堅調に取れていたが、システム負荷による機会損失も発生していた」と当時を振り返る。
こうした課題を解決すべく同社はサプライチェーンのボトルネック解消と、データ流入・流出経路の可視化に取り組んだ。
ボトルネックの解消では、2010年よりウイングアーク1stのBIツール「Dr.Sum EA」を導入。基幹システムに負荷をかけていた売り上げデータの加工や、製造在庫の管理や分析といった、営業戦略上で重要な機能を別システムに切り分けた。BIツール導入前は、こうしたデータの更新頻度は限界があり、それが機会損失を生じさせていた。しかし、現在はユーザーが自由に利用したい情報(データ)を更新できる体制となっている。
可視化の面では、ECサイトと店舗の販売データ、受注・出荷状況、店舗アンケートやショップレビューなどの顧客の声といったデータを、すべての部門で共有できるようにした。また、属人的だったデータ抽出と分析作業も、WebブラウザーやExcelを使い、各社員が実行できるようにした。
折り込みチラシ配布地域をデータで検討
サプライチェーンを可視化することで、製品開発にフィードバックできる情報も多くなった。
例えば、商品のクレームや問い合わせなどは、その内容や頻度をカスタマーサポート部門でデータ化し、商品改良や梱包資材の変更などに反映させている。広瀬氏は、「問題の可視化により、何が問題で、どういった解決策が考えられるかを、関係部門全体で認識できるようになった」と効果を語る。
さらに、「昨年、データ分析で興味深い発見があった」と広瀬氏は語る。それは、折り込みチラシによる実店舗への集客施策だ。
同社は昨年10月、京都駅前に3店舗目をオープンした。開店後1週間は折り込みチラシを配布したものの、一般的に費用対効果が悪いと言われていたため、その後は実施しなかった。しかし、データ分析次第では折り込みチラシの価値も高まるはずと考え、今年2月に再度チラシを試験的に配布した。
具体的には、世帯人数データ、持ち家、昼間の自宅滞在時間といったいくつかの外部統計データをメッシュ分析。結果に基づき、京都市内でのチラシ配布地域を決定した。チラシは新聞2紙で配布。配布枚数はオープン時より絞ることになったが、来客数も売り上げも確実に向上した。その後は現場の判断で定期的にチラシを配布しており、来客数は現在でも「高止まり」(広瀬氏)しているという。こうした取り組みが功を奏し、同社は13期連続の成長を続けている。
今後の展開として同社は、収益基盤を一層強化すべく流通機能を拡充し、速やかに商品を提供できる仕組み作りを進めている。具体的には、注文日の翌日に鮮度の高い商品が届くサービスだ。これを実現するためには、出荷量を予測し、それに基づいた適切な生産、倉庫内の人材配置や梱包に要する作業量、受注と出荷のデータ処理時間を算出し、意思決定する必要がある。現在、繁忙期には1日に3万件以上の出荷もあるというが、広瀬氏は翌日配送について、「実現できる」と力を込める。
また、実店舗数を増やし、店舗でしか提供できない付加価値の高い製品の開発にも注力していく。既に宇治本店の隣に菓子工房を併設し、自社でレシピを開発し、生産、販売できる体制を構築している。手作り限定のスイーツブランド「茶菓職人」も立ち上げた。宇治本店には茶房も構える。現在、販売チャネルの売り上げ比率はECサイトが半数強を占めるが、今後は実店舗の売り上げ比率を伸ばしたいとしている。「インターネットで宇治茶の可能性を追求した商品を全国に広め、実店舗で付加価値の高いサービスを体験してもらい、コアなファンを増やす。そうした方々が自宅で通販を利用し、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)などで情報発信してくれれば、さらなる周知となる」(広瀬氏)。将来的には顧客IDを付与し、オムニチャネルでのCRM(顧客関係管理)を実現することが目標だ。