データからいかに価値を生み出して収益に結びつけるか。これは日経ビッグデータ創刊記念イベント「BigData Conference 2014 Spring」のテーマの1つだ。この課題に対するヒントを、テクノロジーによって利用者に最適な情報の提供を目指すベンチャー企業の若き経営者の2人の対談と、人気作品を“オープンデータ化”して大きな波及効果、経済効果を生み出した漫画家の佐藤秀峰氏の講演から探る。

 「データで新事業を興すスタートアップ」と題した本セッションは、ビッグデータを活用し新事業を立ち上げた2人の若き経営者による対談である。サービス開発において重視するポイントがそれぞれ披露される、興味深い内容となった。

左からユーザベース代表取締役共同経営者の梅田優祐氏と、白ヤギコーポレーション 代表取締役Chief Scientistの柴田暁氏
左からユーザベース代表取締役共同経営者の梅田優祐氏と、白ヤギコーポレーション 代表取締役Chief Scientistの柴田暁氏
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 登壇者の1人の柴田暁氏は、白ヤギコーポレーション(東京都渋谷区)代表取締役Chief Scientistである。同社は今年2月、iPhone、iPad用のアプリケーション「Kamelio(カメリオ)」をリリースした。これは、国内4000件以上のオンライン情報源の中から最新のニュースを収集し、ユーザーの気になるテーマに絞って追いかけられる“フォローメディア”と謳うものだ。

 例えば「気になる有名人の最新情報を追いかけたい」「お得意営業先のニュースを知っておかないといけない」といった要望に合わせて、カメリオがそれに合った記事を自動的に収集し、毎日届けてくれる。

 柴田氏は「検索するほどでもない、気づかない、例えば新聞の15面にあるような、なかなか目の届かない記事が自然に集まってくるサービス」と説明する。

 一方、梅田優祐氏が代表取締役共同経営者を務めるユーザベース(東京都港区)は2008年に創業、3人でスタートしいまや100人を超えるスタッフを抱える成長企業だ。企業向けのサービスとして、世界180カ国をカバーした企業の財務、株価データ、530を超える業界動向のほか、統計データ、経済ニュースなど、あらゆる経済情報を一括で取得することができ、インターネット上でワンストップでまとめて届ける「SPEEDA(スピーダ)」を提供する。個人向けには、国内外の30を超えるメディア各社が提供する経済ニュースを集約し、識者や友人の意見と共に他ユーザーと共有できるアプリ「NewsPicks(ニューズピックス)」を提供する。

 梅田氏は、「投資銀行に勤務していた時代に、毎日たくさんの情報収集をして、市場規模や株価やマーケットシェアのデータを調べ、それをExcelに打ち込みグラフを作り、高速回転で資料を作るような日々を過ごした。情報におぼれ、使えるデータにするための加工に時間がかかり、毎日夜中まで帰れなかった。この複雑なものをシンプルにしたいと思った」。そういった自身の経験からこのサービスを思いついたという。

 両氏はともに、ビッグデータありきではなく、サービスありきの視点でスタートアップしたと口をそろえる。

 柴田氏は「サービスを改善していく上でデータは重要な指標になる。設計段階でどういったデータを取りたいのかを意識していることが大事で、データを蓄積していくということも念頭においておくべき」と言う。

 梅田氏は「一般ユーザー向けのサービスでは何人のユーザーが毎日使ってくれているかというDAU(デイリー・アクティブ・ユーザー、1日当たりの利用者数)という指標を使うが、自分たちの感覚だけでは計り知れない。リリースから2カ月後にタイムラインの表示を変更したが、それだけでDAUが7%も変わった。現在、数万人のユーザーがいるが、トライ&エラーを繰り返している」と話す。

データを見て素早く改良か、自分の欲しいものを選ぶか

 では、サービスを設計する上で何を気をつけるべきなのか。

 柴田氏は、「サービスの中身の伝え方が非常に重要で、うまく伝わらないと、ひと目見ただけで立ち去ってしまうユーザーもたくさんいる。それをどうやって減らしていくのかが課題」と語る。ただ、「ユーザーエクスペリエンスに関しては、理論化が進んでいない」(同氏)ため、「とにかく手探りでもどんどん進めて、データを見ながら変更を加えていく。そのプロセスを早く回せるチームや、プラットフォーム作ることが大事」(同氏)になると言う。

 一方で梅田氏は、「データだけを見ても分からないことが多く、迷うことは多い。開発方針の1つとしては、迷ったら自分が欲しいものを選択すること」と、サービス開発当初はリーダーに権限委任することの重要性を語った。

 梅田氏は、同社のサービスは初期段階を経て、これからはユーザーの声を聞いて変更を加えていくフェーズにあるというが、とにかく初期段階では「責任者に任せたら口出しせず、徹底的に任せて自分が欲しいものを作らせることが重要」と語る。

 今後の抱負としては、柴田氏は「情報が本当に価値を持つのは、その人の行動が変わったときじゃないかと思う。読んで、シェアしておしまいじゃなく、好きなアーティスを追っていてライブに行ったり、誰かに出会ったり、そういうリアルな体験につながるサービスを作っていきたい」と話す。

 梅田氏は、「今後は、アグリゲーション、キュレーションの価値はどんどんコモディティー化していく。そのときに大量のデータをワンストップで集めて、それを分かりやすい形で提供するだけでは競合優位性は築けない。オリジナルのコンテンツをどれだけ作っていけるか、そしてできるだけ早い海外展開がキーになる」と締めくくった。

二次利用フリーにすることのインパクト

佐藤漫画製作所代表取締役社長であり漫画 on Web設立人の佐藤秀峰氏
佐藤漫画製作所代表取締役社長であり漫画 on Web設立人の佐藤秀峰氏
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 佐藤漫画製作所代表取締役社長であり漫画 on Web設立人の佐藤秀峰氏は、「コンテンツビジネスの新たな収益~オープンデータの可能性~」と題して講演した。

 佐藤氏は、自らのマンガ作品を「二次利用フリー」とすることで、自身とコンテンツ、そしてその周辺にどのような影響があるか自ら「実験」を行った。本セッションでは、国際大学GLOCOM主任研究員でOpen Knowledge Foundation Japan代表の庄司昌彦氏が進行役となり、佐藤氏に「マンガコンテンツのオープン化」の実験とその結果を尋ねる形で進められた。

 佐藤氏は『ブラックジャックによろしく』や『海猿』などのヒット作品を持ち、また作品がドラマや映画化されるなど、漫画家として高い評価を得ている。その佐藤氏は、2012年9月15日に代表作である『ブラックジャックによろしく』の二次利用を自由化した。

 具体的には、商業出版が可能な高解像度の『ブラックジャックによろしく』の画像ファイルを自ら公開、「タイトルと著作者名の表示」と「公開後、1カ月以内の報告」の2点のみを条件に、営利や非営利、個人または企業での利用を問わず、作品の自由な利用を認めるというものだ。

 旧来の出版業界の常識からすると暴挙とも言える行為におよんだ理由を佐藤氏は、「紙の書籍の縮小」と「電子書籍の成長」という出版業界の背景を念頭に置いた「実験」だと言う。マンガ雑誌は1996年に売り上げのピークを迎え、2012年にはその約65%にまで縮小。またマンガの単行本は、2005年が売り上げのピークとなり、それ以後はほぼ横ばいとなっているデータを示した。

 「(このデータをもって)出版業界では『マンガの雑誌は売れないけれど、単行本は維持しているという通説があった。でも、雑誌のタイトル数は、ピーク時も今も約300タイトルと同じ。単行本はピーク時から約2倍に増えているので、1冊あたりの売り上げは半数に落ちている」と、作家にとっては状況が厳しくなっていると解説する。

 一方の電子書籍は、2011年に629億円、2012年に729億円となり、さらに2020年には紙の書籍を追い越す可能性もある。このように、出版業界の構造やビジネスモデルが大きく変わろうとしている時に、一部の著作者が出版社と共に自炊代行業者に質問状を出し、訴訟を起こしている。このニュースも佐藤氏の決断のきっかけになったという。

 「データを大事にしまい込んで厳格に管理することが作者や出版社の利益につながるのだろうか、と考えた。そこで、連載が終わっていて、出版契約がない作品を二次利用フリーにしてみようと思った」

 そして、「自炊代行や無断データ化に反対するよりは、どんどん自由にビジネスに使ってもいいことにすると、世の中に作品が広がって作家にメリットが返ってくるのではと思い、実験のつもりでやってみた」と語る。

 これを受けて庄司氏は、データの活用には著作権がついて回り、オープンデータにおいてもしばし著作権がハードルとなると述べ、「著作権は人工的な権利。それがインターネットによってバランスが変わって来ており、今は調整段階にある」と解説する。

二次利用フリーで「意外と儲かってしまった」

 そして、二次利用の自由化によって、佐藤氏と作品に何が起きたのか。2012年9月の自由化から1年間で、企業や団体などから申告された利用件数は712件となった。その内訳は、電子書籍やアプリ、SNSでの利用、また広告での利用が最も多かったという。広告も、アドビシステムズやキヤノンといった大手企業から、塾などの小規模な事業者までさまざまだ。

 こうした数々の二次利用は、当然すべて無償で、佐藤氏は「1円ももらっていない」。しかし、この『ブラックジャックによろしく』の大量の二次利用がきっかけとなって、結果的に多大な利益がもたらされることになった。多くの電子書籍書店が『ブラックジャックによろしく』を無償で配信した結果、他の佐藤氏の作品への需要が膨らみ、続編である『新ブラックジャックによろしく』や『海猿』などの作品を有償で配信する電子書店が急増。2013年9月の時点でそれらの販売総額は1億5000万円を越え、佐藤氏へ支払われたロイヤリティは約7000万円となった。これは、紙の単行本なら140万部に相当する利益で、佐藤氏も「意外と儲かってしまった」と予想以上だったことを告白。それ以後も販売は伸びており、本対談時の2014年4月の時点では、トータルのロイヤリティは約1億円を越えている。

 もちろん、こうした経済効果は、フリー化以前に高く評価されていた作品と作者だからこそ、という意見もある。無名の作家や全くの新人ならば、いくら作品が優れていても、こうした結果にならなかった可能性はある。そこで佐藤氏は、さらに他の漫画家の作品でも実験しており、その結果『ムショ医』という作品も電子書籍で売れているという。

国際大学GLOCOM主任研究員でOpen Knowledge Foundation Japan代表の庄司昌彦氏
国際大学GLOCOM主任研究員でOpen Knowledge Foundation Japan代表の庄司昌彦氏
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 庄司氏は、こうした佐藤氏の実験報告を受けて、ビジネス面で4つのポイントがあると分析する。第1が「お試し」できることによってエンドユーザーのコンテンツ享受までのハードルが低くなる、いわゆる「フリーミアム」の効果。2つ目が、自由な利用によって佐藤氏自身も想定しなかった利用や影響が生まれた「オープンイノベーションの呼び水」となった点。3つ目が、公開したコンテンツによって、派生したコンテンツの市場とコミュニティという「エコシステム」を生み出したこと。そして、最後が「共有地・同人市場」という日本のマンガコンテンツの土壌における支援となった点だ。

 そして、公共オープンデータによる市場規模がEUで320億ユーロ、日本では1兆2000億円になるという試算と、データに対してオープンな国は経済的にも豊かだというオックスフォード大学の研究を紹介。「ビジネスの仕組みや情報の流れ方が変わってきて」おり、インターネットやソーシャルメディアがビジネスに影響を及ぼしたように、オープンデータが「マンガの業界の在り方、仕事の仕方、そういうところまで変えていく」のではないかと、マンガ業界の展望を語ってセッションを終えた。