ダベンポート教授の書籍を手本に、データ分析型組織へと変革を遂げているのがコープさっぽろと大阪ガスの2社だ。アナリティクス3.0特集の後編では、トップダウンかボトムアップ化のアプローチは異なれど、目指す先は同じこの2社を取り上げる。
「『ビッグデータ』に関する議論が丁寧にしかも明確に紹介されており、2014年の現段階における貴重な教材だ。我々がビッグデータを活用してイノベーションを生み出す高いポジションを既に保有していることなど、方向性に間違いがないことを確信できてうれしい」
『データ・アナリティクス3.0』を読んだコープさっぽろの大見英明理事長は、こう感想を述べる。コープさっぽろは北海道に限定して約150万人の組合員を抱えて、年間の売上高は約2700億円。生協(生活協同組合)は一般に店舗事業の赤字を宅配事業の黒字で補てんする事業構造になっているが、コープさっぽろでは店舗事業の赤字額は少額であり、2014年度の店舗事業黒字化を目指すという。
陳列を変えて売り上げ1.75倍
同社は、店舗でのID-POS分析(バスケット分析)で得た知見に基づいて、商品の特性と組合員の好みから個別の販促を実施している。具体的には「商品DNA」を設定する。各製品に、「容量」「シニア」「PB/NB」「簡便」「健康」「高カロリー」「高価格」「洋/和」「品質」など30種類のDNAから、該当する項目を付与。一方、各組合員が過去に購入した製品にどの商品DNAが多く含まれるかを分析して、グループ分けしている。

例えば組合員Aさんの買い物情報から、商品DNAを解析。Aさんが持つ(1)シニア、(2)PB好き、(3)朝食、(4)品質志向という4つのDNAを主成分とする商品群を抽出し、「コープ十勝牛乳」のクーポンを出す、といった具合だ。お薦めする商品は人が判断しているが、いずれ自動化する。
マーケティング部は、商品DNAに基づいて最適な商品の陳列も考案している。「そば茶」と「胡麻麦茶」の両方、そしてカフェインゼロの飲料を一緒に購入する人が多いことを突き止めて、そば茶と胡麻麦茶を並べて陳列し、すぐそばに特保(特定保健用食品)の飲料を並べた。
すると、そば茶は通常の陳列をする他店に比べて1.75倍売れた。胡麻麦茶は1.44倍、特保のヘルシア緑茶は1.52倍、伊右衛門特茶が1.23倍、黒烏龍茶が1.31倍になった。
こうした施策の実行を後押ししたのがダベンポート教授の書籍だった。
大見理事長は2008年に『分析力を武器とする企業』を読んで以来、ダベンポート教授の書籍を愛読している。「あの書籍を最初に手にした時の驚きは今でも忘れられない。当時日常的に内部のデータ分析をすることが可能になっていたが、全社的に分析するということを職員の能力として組織風土にまで定着させていくことができている組織は、その業界において競争優位を発揮していると明快に指摘していたからだ」と大見理事長は当時を振り返る。
1998年に経営破たん寸前まで追い込まれたコープさっぽろは99年、POS(販売時点情報管理)データを取引先に公開して商談の検証をオープンにして業者を競わせるようにした。以来データの活用に取り組み、2002年には日本で初めてウェブでPOS情報を配信。
しかし、データをどう分析すればいいのか、取引先の現場が分からなかったので、データ分析の研究会を開いてレベルアップを図った(2009年まで継続)。その過程の中で52週のマーチャンダイジング、営業提案の最適化を進め、半期単位でPDCA(計画-実行-評価-見直し)を回してきた。2008年にはHadoopサーバーを導入し、09年以降に自動的に集計する仕組みにした。そんな時に『分析力を武器とする企業』を読み、「自分がやってきたことが正しかったと確証を持てた」(大見理事長)。
2009年には、外部からデータ分析に詳しい人材(同社マーケティング部の米田敬太朗部長)をスカウトしてマーケティング室を作った。スタート時は1人だったが、今年4月以降4人のデータサイエンティストを含む25人の体制(マーケティング部)になっており、ビッグデータの分析と様々な改善案を出す。
会員カードを使ったID-POSデータの収集は2010年から。11年データベース「Cassandra」を使ってビッグデータ処理を始めている。
ダベンポート教授の本はバイブル
コープさっぽろは2年前から、ダベンポート教授の書籍を使って組織横断のゼミを開いてきた。どうすればデータ分析力を高めることができるか、話し合ってきたのだ。
今年から二十数人のゼミを開講。基礎的な統計の知識があり、Excelを使いこなす“アマチュアアナリスト”の育成を進める。
教科書は『分析力を武器とする企業』だ。毎月1回、1時間半、書籍を読んで、実際の現場でどう生かせるのか、一人ひとりにプレゼンさせ、討議する。「ダベンポート教授の書籍はバイブルだ」と大見理事長は言う。
今年4月からは、約80の協力会社などから約140人を集めて「分析力養成講座初級・中級・上級」もスタート。講師は、大見理事長やマーケティング部の米田部長などが務める。
大阪ガスでデータ分析の専門組織を率いる河本所長もダベンポート教授の書籍を愛読する1人だ。
DELTAモデル適用する大阪ガス
「『分析力を武器とする企業』は、企業の中でデータ分析力が競争力につながることを、事例を交えて提唱している。次の時代を見据えている書籍として感銘を受けた。概念論で終わらせず、具体的な企業の取り組みを紹介しているので、多くの経営者に切迫感を抱かせるのではないかと思う」(河本所長)
ダベンポート教授が2011年に出した『分析力を駆使する企業』は、データ分析に強くなる会社になるためにどういうステップを踏んだらいいのか、体系化してまとめている。「自分たちが暗中模索で進めてきた組織・体制作りが、改めてよく理解できた。データ分析専門組織のあるべき姿がより具体的になった。『分析力を駆使する企業』には、やるべきことが体系化されて書かれているので整理になった」(河本所長)と言う。
何気なく大切だと思ってきたことがはっきり確信できるようになった。例えば、ビジネス部門の現場が求める理想と、データ分析の結果にはギャップがあるという問題だ。理想と分析結果にはギャップがあることをしっかりビジネス部門の現場に知らせることが大切だと書いてある。
大阪ガスは、『分析力を駆使する企業』に詳しく述べられているDELTAモデルを適用している。DELTAは、(1)D(データ)、(2)E(エンタープライズ)、(3)L(リーダーシップ)、(4)T(ターゲット)、(5)A(アナリスト)、データ分析に必要な5つの要素だ。大阪ガスのデータ分析体制をDELTAモデルに当てはめると、下表の通りだ。

社内データを適切に管理し分析できるデータウエアハウスとデータ辞書検索ツールを整備。分析専門組織が中心となって15年間ボトムアップで「データ分析を活用していこう」という社内風土を醸成してきた。一貫してリーダーシップを執っているのは河本所長だ。
分析専門組織による全社的かつ組織横断的な分析ニーズを発掘し、優先順位を付ける。その上で、委託元ビジネス組織に分析費用を予算請求することで費用対効果を見極めている。分析専門組織における高度分析専門人材の育成と、社内で独自に開発した全社員向けデータ分析基礎教育による全社員の分析力の底上げを図っているというわけだ。
こうした体制の下、データ活用で成果を上げている。代表的な取り組みがガス機器の故障部品を予測するシステム。顧客からの報告内容を打ち込むと、約400万件の修理データに加えて気象データを基に故障の可能性が高い部品トップ5を自動表示する。その結果、修理の即日完了率を5年間で20%向上させた。
ダベンポート教授の書籍を教科書にする企業は少なくない。京都・宇治の伊藤久右衛門や、アナリティクス事業のブレインパッドなど、新人研修に取り入れている企業も多い。
ただし、あくまでも優れた教科書であって、データ分析をベースにした改革を実行するには様々な壁がある。経営者などにデータ分析の重要性を十分に理解してもらい、その可能性と限界をしっかり把握しておくこと。そして地に足がついた取り組みを進めることが成果への一歩になるはずだ。