埼玉県川越市に本社を構えるイーグルバスはビッグデータ分析によって、大手バス会社が撤退した赤字路線バスを引き継ぎ利用者を増加に転じさせた。1路線全体でなく区間ごとの乗客や採算をあぶり出すことで、収益に結びつく打ち手を繰り出せるようにした。
大手バス会社が撤退した赤字路線を引き継ぎ、利用者を増やしたバス会社がある。埼玉県川越市に本社を構えるイーグルバスだ。バスにセンサーを取り付け、ビッグデータを多角的に収集。路線バス事業が抱えていた課題とその改善策をデータで徹底的に可視化し分析することで、わずか4年で乗客を前年比で増加に転じさせた。

イーグルバスは1980年創業で、観光バスや高速バスを主体に事業を展開してきた。2002年に「改正道路運送法」が施行されて、乗合バス事業の規制が緩和されると、翌年から路線バス事業に参入した。転機となったのは2006年。川越市と接する埼玉県日高市の要望から同市の路線バス事業に乗り出すこととなった。
再生に向け、イーグルバスの谷島賢社長が真っ先に取り組んだのは「運行状況の可視化」であった。それまでの路線バスは、一度車庫を出ると混雑率や遅延時間といった運行状況を把握できず、運転士の“勘と経験”を頼りに運行されていたからだ。引き継いだ路線は「何も手を打たなければ、会社自体も危うくなる」(谷島社長)ほどの赤字を垂れ流していた。
谷島社長は「社長としてこの状況を人任せにはできない。理解するにはデータが必要」とアイデアを求め埼玉大学を訪問。一発奮起して同大学の大学院理工学研究科に入学し、工学的見地から再生の道を模索することとなった。バスの運行や乗客にまつわる情報を数値化して、それを改善するというデータ中心のアプローチだ。レポート用のシステムも独自に開発し「誰が見ても課題点が理解できるようになった」(谷島社長)。
センサーで運行状況を区間ごとに見える化

運行状況の可視化では、センサーを応用する「乗降カウントシステム」を導入した。車両にGPS(全地球測位システム)と乗降口の上部に赤外線乗降センサーを設置。停留所ごとの乗客数や停留所間の乗車人数(乗客密度)、路線上での位置や運行にかかっている時間が把握できるようになった。
そうしたデータから顧客が誰も利用していない運行区間や、時刻表と実到着時間の差異から遅延などをグラフ化。顧客アンケートで得たニーズを加味したうえで、運行ダイヤの最適化を図った。これらを基にして、利用者の少ない区間の運行を必要最小限に減らしたり、利用者の多い区間や時間帯には増やしたりした。
具体的なアクションとしては、折り返し運転によって運行回数を増やしたり、新しく建設された病院など集客力のある場所に停留所を新設したりした。既存路線で新たなバス停を設置することは「極めて少ない」(谷島社長)ものの、データを基に改善策を次々と打ち出した。こうした変更の際には、「顧客満足度と路線の採算のバランスをとることが重要だ」(同)という。
「どの区間が赤字か」をあぶり出す
採算を可視化し把握するため、かかるコストを判断する単位を「1台」や「1ダイヤ(運行)」から「1分」や「1キロ」の走行当たりに変更した。これにより路線内であっても「どの区間が赤字なのか」を浮き彫りにできた。路線バスの運用コストは「階段状」に上下する。利用者が1.5倍になってバス1台を追加すれば、運行コストは2倍となってしまう。逆に最適化によって無駄な運行を廃止し1台減らせば、運行コストは半分になる。
こうした考えに基づいて、距離や運行時間、運行ダイヤ数のそれぞれを減らすように収支シミュレーションを行って採算を改善した。
これらのシステムは毎年見直している。
例えば、前の第2世代の乗降カウントシステムでは昇降データをパケット通信でリアルタイム収集していた。これでは1台あたり月額4000~5000円のコストが発生するが「コストをかけて収集するメリットはない」(谷島社長)と判断。蓄積したデータをバスが車庫に戻った時に車載コンピュータからサーバーに送信している。現在は、車載コンピュータが必要ない、画像でカウントするシステムを実験中という。
アンケートを鵜呑みにし失敗
イーグルバスは、乗客アンケートや地域住民の意識調査も積極的に行って顧客ニーズを把握している。ただ谷島社長には苦い経験があった。路線バス事業を引き継いだ年に実施したアンケートで、「電車との乗り換え時間が短すぎる」との苦情が寄せられた。そこで当初3分だった乗り換え時間を10分に変更したところ、利用者が激減してしまったのだ。
原因は、アンケート回答者の多くが日中にバスを利用する高齢者だったこと。通勤通学の利用者は不便を感じておらず、アンケートに回答していなかったのである。その反省を生かして、通勤通学の時間帯は乗り換え時間を3分、日中は10分にダイヤ改正したところ、利用者数が急速に回復した。
イーグルバスはデータで徹底した最適化を行っているが、KPI(主要業績評価指標)は利用者の満足度だけとしている。収支は加味しない。「バス事業のコストは車両費と人件費が大半。燃料費や人件費は社会状況によって変動が激しく、収支をKPIにすると改善成果がわからなくなる」(谷島社長)のが理由だ。
イーグルバスは独自の分析システムを武器に、「データを測る」「分析して見る」「改善点を考える」のPDCAサイクルを1年単位で回し続けている。4年目には、路線を再編成するのか撤退か、自治体の支援を受けるのかといった重要な判断を下すことにしている。路線バスを引き継いだ2006年の顧客アンケートでは、路線バスのサービスについて「よい/ややよい」が5割以下だったが、この数字が直近で80%まで上昇した。