日本航空(JAL)とNECは、NECの人工知能(AI)を活用し、航空券予約サイトのログデータなどを分析。航空券の購入予測分析を行う実証実験では、データサイエンティストと同精度の分析を短時間で行うことができた。

 JALはNECと共同で今年10月末まで、NECのAIを活用した顧客の購買行動の予測実験に取り組んだ。JALは高度な分析スキルを持つデータサイエンティストの不足や、同社の保有する膨大なデータの活用に関する課題を解決するのが目的だ。NECのAIの出した結果がJALのデータサイエンティストの的中率を上回ったり、思いもつかない特徴量での分析を提案したり、一定の成果が認められた。

今回JALとNECが取り組んだテーマのチェックポイント
今回JALとNECが取り組んだテーマのチェックポイント

 実証実験では、JALマイレージバンク会員(JMB会員)を対象にJALが運営する航空券予約サイトでのWebアクセスログをはじめ、会員情報や搭乗履歴といった多様かつ大規模なデータを対象とした。

 航空券を購入するにあたって、JMB会員がWeb上でどのような行動や購買をしているのかなどを入力データとした。NECのAI予測技術を活用して、航空券の実購入などKPI(主要業績指標)の向上に関係が認められるデータ項目である「特徴量」の自動設計(推測)と「予測モデル」の自動構築の実験を行った。

 なお、今回の実証では、NEC側に個人を特定する情報を提供していない。

思いもつかない項目を抽出

 今回取り組んだテーマは大きく2つある。まずは、国際線を購入したJMB会員のうちハワイ線を購入する会員の予測だ。Webログデータのほか、会員属性や過去の搭乗履歴など、多様なデータを使って特徴量を自動生成した。

 JAL 旅客販売統括本部Web販売部 1to1マーケティンググループの渋谷直正アシスタントマネジャーは、「特徴量の自動生成が最初のチェックポイントだが、いくつかの興味深い特徴量が見つかった」と言う。

国際線の購入会員のホノルル線購入の予測(チェックポイント1と2の中間結果)
国際線の購入会員のホノルル線購入の予測(チェックポイント1と2の中間結果)

 例えば、「“とある県”に在住している会員はハワイ線を購入しやすい」「直近42日間の国際線搭乗マイルが多ければ、ハワイ線を購入しやすくなる」「“とあるクレジットカード”の利用が多い会員はハワイ線を購入しやすい」といったものだ。

 渋谷氏は「“とあるクレジットカード”というのは、膨大なデータの中のほんのわずかな項目。しかも、特定のクレジットカードに注目して、それをわざわざ変数として抜き出すなんてということは通常の分析ではしない」と評価する。

AIがサイエンティストをしのぐ

 次に、自動抽出した特徴量を基にして、AIがモデルを作成した。JAL側でも手作業でモデルを構築して、NECのモデルと比較した。

 その結果、NECで自動構築したモデルの予測は、的中率でJALを数ポイントだが上回った。JALは航空業界に詳しい、経験豊富なデータサイエンティストが設計したものであるにもかかわらず、だ。

 NECのモデルは、上位10%の的中率は54.7%だったのに対してJALのモデルは50.9%だった。特徴量を生成するのにかかる時間は、NECが6時間58分に対してJALが5時間。モデルの構築時間は、NECが43分に対して、JALが10分と4分の1の時間で済ませている。

人手では見いだせない仮説も

 もう1つ取り組んだテーマは、「jal.co.jp」を訪問した全JMB会員のうち、国内線航空券を購入する会員の予測である。Webログデータのみを使って、特徴量を抽出した。

 結果として、Webログデータ(縦持ちデータ)だけから、JALでは抽出できなかった特徴量が見つかった。例えば、直近3日間のマイル確認ページへのアクセスがある場合、50.1%が国内線を購入すると予測した。「直近3日に絞り込むことで国内線を購入しやすい顧客をシャープに絞り込めている」(渋谷氏)。

 渋谷氏は「人手では、ここまでの時間軸は見切れない。だから、1カ月間であるページを見た、見ないといった程度の分析しかできない。それをAIは1日前、2日前、3日前、4日前と細かく分析している。JALが立てられないような仮説を見つけてくる」と舌を巻く。

ブラックボックス化を回避

 NEC側で開発から実証まで担当したのは、NECデータサイエンス研究所の藤巻遼平・主席研究員である。同氏はシリコンバレーオフィスに駐在し、最高位の研究員としてAI関連技術の開発から事業化までを手掛けている。

NECが開発した予測分析の自動化技術の特徴とメリット
NECが開発した予測分析の自動化技術の特徴とメリット

 藤巻氏は「人間に分かりやすい形で結果が出てくるというのが当社の技術のいいところ。例えば、『男性かつ何々の特徴を持つ人』は購入しやすい、もしくはしにくい、とかいうのがいろいろと出てくる。その組み合わせは無限に近いくらい存在している。ただし、この組み合わせはとても人間にとって分かりやすい。人間の琴線に触れるような組合せがたくさん出てくる」と説明する。

 NECの技術は特徴量の抽出からモデルの構築まで、1日以内でできてしまう。データサイエンティストが手作業で分析していたら、従来2~3カ月かかっていたという。

 加えてAIによる予測に対して、特徴量や仮説などで、明確な根拠を示すことが可能になる。つまりブラックボックス化を回避できる。藤巻氏は「画像とか音声とかでディープラーニング(深層学習)が極めて高い認識精度を出せるのは、人手で特徴を作れないから。これに対して今回は特徴を作れるようにしたところが、ブレークスルーだと思っている」と説明する。

 NECは今回の技術を来年6月に製品として販売することを計画している。AIの技術ブランド「NEC the WISE」の1製品と位置づける。この段階では、ユーザーインターフェースなども整備され、データ分析に不慣れな担当者でも、社内にある大量の構造化データから特徴量を自動で設計でき、高精度な予測モデルを作成することができるようになるという。

 ドメインの知識がなくても結果を出せることから応用範囲は広いと見られ、ブラックボックス化を回避できる点も注目される。

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