人工知能(AI)など、データ活用人材の不足が叫ばれてはや5年。人材が集まる場の創出や活用のノウハウの共有など、独自の工夫で乗り越える取り組みが始まった。特集の第1回目はここに来て動きを見せている、AI研究者や大企業の施策を見ていく。

 「深層学習など機械学習の技術を身につけるだけでなく、実際の実務で使えるようにしないと意味がない。法人向けの研修プログラムの一部を学生に提供し、企業のインターンシップで実務を経験してもらうなど、学生の就業支援や企業の採用支援まで手掛けている」

 こう話すのはSTANDARD(東京都新宿区)の石井大智代表取締役CEOである。同社はAIや企業向けデータサイエンス社内研修事業を手掛けているが、学生向けのインターンのコンサルティングにも力を入れ始めた。

東京・渋谷の会議室で、東大人工知能開発学生団体HAITの学生を相手に深層学習の講義を行う、STANDARDの石井大智代表取締役CEO
東京・渋谷の会議室で、東大人工知能開発学生団体HAITの学生を相手に深層学習の講義を行う、STANDARDの石井大智代表取締役CEO

 今年10月にはAIとデータサイエンスに特化した長期のインターンシップマッチングサービスを開始。42人の学生を6人ずつ7クラスに分け、それぞれに企業のインターンシップを経験した東京大学や早稲田大学、慶應義塾大学の学生がメンターについて、45日間の研修を行っている。11月には来年春にインターンシップを受け入れる予定の企業とのマッチングを行う。学生は無料で、企業側が20万~100万円程度の費用を支払っている。

 約130人の学生が応募し、(1)実務(インターンシップ)にコミットできるか、(2)そのためのプランを立てているか、(3)5年、10年の長期プランを立てているか、という3つの観点で選抜したという。学生を受け入れる企業・団体は8社ほどだ。既にソフトバンクや産業技術総合研究所、分析コンサルティングなどを手掛けるALBERT、AI・機械学習のソリューションを手掛けるAutomagi(東京都新宿区)が名乗りを上げている。

学生自らが場作りに乗り出す

 実は石井代表は早稲田大学創造理工学部経営システム工学科3年。現役の学生である。

 東大人工知能開発学生団体HAITの副代表も務めている。HAITは東大生をはじめ、早大や慶大、東京工業大学の学生が中心になって昨年4月に創設した団体で、「同世代の学生から1万人のAI技術者を輩出する」を目標に掲げて、AI技術やプログラミングを学び、企業のインターンシップに参加したり、ソフトウエアを開発したりしてスキルアップを図っている。

 石井代表自身、ALBERTのインターンシップに参加し、深層学習を用いた医療画像の解析業務を複数経験。学生から社会人まで累計200人の初学者にAI技術を指導してきた。

 日本のAI人材の不足に対して、学生までもが問題解決に乗り出した格好だ。一方で“本丸”とも言える東大大学院の松尾豊特任准教授が、解決に向けて動き始めた。

ビジネスパーソン10万人を検定で

 今年10月4日、千葉市の幕張メッセで日本ディープラーニング協会の設立発表シンポジウムが開催された。理事長には松尾特任准教授が就任し、「日本の産業競争力に直結するAI人材をいかに早く育成するかが重要だ」と指摘し、AI人材育成のための資格プログラムを公表した。

 協会は、深層学習に必要な人材を定義し、一般向けの「G(ジェネラリスト)検定」と「E(エンジニア)資格」の2つを認定する機関の役割を担う。

 ビジネスパーソンなどを対象にしたG検定は受験資格を設けずに、2020年までに10万人程度の合格者を見込む。G検定は一足先の今年12月に2時間のオンライン試験で開始する。AIソリューションベンダーにとっては、企業側にG検定の取得者が増えていくことで、コンセプト固めや仕様のやり取りなどで食い違いが減ることが期待できる。

E資格はAI企業の1次面接免除

 E資格は、深層学習の理論を理解し、適切な手法を選択して実装する能力を持つ人材である。「E資格を持っていれば、(流通向けを中心に深層学習の活用を推進している)ABEJA(東京都港区)などのAIスタートアップ企業の採用1次面接が免除される」(同協会事務局)という。

 E資格の受験資格は、同協会が認定する3カ月程度のプログラムを修了していること。

 具体的には、同協会が大学で実施している深層学習講座や民間企業の研修プログラムなどを審査して認定する。協会が認定した講座やプログラムを修了した人は、受験料3万2400円を支払ってE資格の試験を受けるというものだ。畳み込みやリカレントのニューラルネットワークなどシラバスはWebページで公開されている。

 試験は来年4月ごろの実施を予定しているが、「深層学習に関する技術レベルが見える化され、国や企業の経営者にとっては分かりやすい基準になる」(松尾理事長)。

 同協会事務局によると「現状で数百人しかいない深層学習のエンジニア人材を2020年までに3万人規模に持っていく」との目標を掲げている。

野村アセットはオンラインを活用

 日本ディープラーニング協会のG検定のように、オンラインを活用する動きが加速している。
 zero to one(宮城県仙台市)は今年4月から「機械学習オンライン講座」を提供している。12時間分のビデオ教材はStep1からStep8まであり、「イントロダクション」「回帰」「分類」「ニューラルネットワーク」「機械学習の実践に向けて」「サポートベクトルマシン」「教師なし学習」「ディープラーニング(深層学習)」で構成されている。

zero to oneの機械学習オンライン講座の画面イメージ
zero to oneの機械学習オンライン講座の画面イメージ

 Stepごとに演習問題があり、Pythonでコーディングすることができる。自動採点され、すべて正解にたどり着けないと合格できない。正解にたどり着けない場合は、自分で講義を振り返ったり、ヒントになる講義や演習などをメールで受けられたりする仕組みになっている。東北大学大学院の岡谷貴之教授が監修している。

 zero to oneの竹川隆司代表取締役CEOは機械学習オンライン講座について、「技術の変化が激しい新しい分野だからこそ、オンラインで最先端に対応しなければならない。既に米国で成功している講座のいい点を取り入れている」と説明する。

 野村ホールディングスや野村総合研究所、CTCなどが採用しており、既に約200人が受講したという。

 社員10人が受講を終えた野村アセットマネジメント 資産運用先端技術研究室の田所祐人シニア・クオンツアナリストは「オンライン講座は書籍よりも体系立って網羅されている。動画教材が分かりやすく、Pythonのコーディングもすんなり理解できた。若手社員から受けてみたいという声があり、次も検討している」と話す。

 野村アセットマネジメントがAI人材の育成に取り組んでいる背景には、資産運用の高度化に活用したい考えがある。今年10月1日付で、資産運用先端技術研究室(通称「イノベーション・ラボ」)を設置し、資産運用の高度化・高品質化に資する技術を開発・蓄積・応用するための研究・開発に乗り出している。

パナソニックはICT人材を再教育

 パナソニックは昨年から、大阪大学と連携して、社内にいるICT人材の一部をAI人材に再教育している。AIの活用によって、これまでのモノ主体からサービス主体に変えていくのが目的である。

 ビジネスイノベーション本部AIソリューションセンター戦略企画部の井上昭彦部長は、「2020年までに機械学習を使いこなせる人材を1000人程度育成して現場に送り込む」と言う。

 大阪大学とともにAIの基礎講座を開き、機械学習、データマイニング、深層学習を身につけさせている。応用先としては画像認識、自然言語処理、データ分析の3つだ。阪大と社内にいるAIエキスパートが指導に当たっている。全10回で各回が3時間、講義と演習が半分ずつ。これを半年かけて行っている。

 さらに、実際のデータを活用する実践コースを作り、既に育成したAI人材をOJT(職場内訓練)で学ばせている。並行しAIのオンライン講座も用意。昨年は800人が登録し、今年も数百人が登録しているという。

米企業の買収で相乗効果狙う

 自社にない技術を持つ人材は外部からも取り込む。パナソニックは今年10月には、米シリコンバレーのデータ解析会社アリモ(Arimo)を買収した。

 AIソリューションセンターの九津見洋所長は「アリモは、深層学習を活用した時系列データ解析技術を得意としていて、当社にない技術を持っている。モビリティ、住空間、工場、業務機器におけるIoTデータ活用の事業化を加速できる」と期待する。

 一方でアリモにとっても、パナソニックの保有する大量のデータを活用できるというメリットがある。九津見所長は「製造業分野での解析対象データと新規顧客の両方を獲得できるメリットがあり、互いのメリットをさらに生かしていける」と語る。

パナソニックは米社買収で、特定のAI人材を獲得し、育成にも生かす
パナソニックは米社買収で、特定のAI人材を獲得し、育成にも生かす

 例えば、店舗ごとに冷蔵庫の運転を自動で調整したり、冷媒の温度や圧力のモニタリングを人手から自動化に切り替えたりといったことが想定される。

 取り組みを進めていくなかで、アリモにパナソニックの社員を派遣して、時系列データを分析できる人材を育成することも検討している。

企業にAIフレームワークを伝授

 社会インフラでのAI活用に強みを持つグリッド(東京都港区)は、大手企業など業務提携しているパートナーから人材を受け入れるAI研修を実施している。
 グリッドの中村秀樹代表取締役は「各社より数人ずつローテーションで来ていただいている」と話す。同社の機械学習フレームワーク「ReNom」を使い開発に取り組んでもらう。こうしてAI人材が成長すると、ReNomの普及につながるとの考えだ。

 「エンジニアだけでなく、AI活用のプロジェクトをマネジメントできる人材が少ない」(中村代表)として、今年9月には実践型AIビジネスアカデミーを開講した。企業内での研修も可能で、社外に持ち出せないデータも扱うことができる。

 1泊2日で企業の研修所で行うもので、AIの最新動向を解説したうえで、データをどう分析して対応するか、ReNomを活用して実際にデータを入力して、試すことができる。