景気や需給で変わるモノやサービス価格。価値に直結するデータを探し出したり、AIを駆使したりして、価格が高くても納得する顧客に届けて稼ぐ特集の第2回。今回は取引価格の透明化により業界を活性化させる取り組みなどを紹介する。
価格を決定するのは企業だけではない。消費者も決定権を持ち始める。
売れる上限価格を提案
中古車販売大手のIDOM(旧ガリバーインターナショナル)は年間20万台の中古車を買い取りで仕入れて、3割を小売りで、7割をオークションで販売している。同社は詳細な査定のマニュアルを整備することで、同一の条件であれば全国どこでも同じ価格で買い取るという透明性を武器に急成長してきた。

こうしたなか昨年から個人間の中古車取引にも進出した。「クルマジロ」ではスマートフォンで顧客同士が直接やり取りするため、IDOMの出番はないように見えるが、そうではない(右図)。
円滑に取引ができるように、値決めの提案機能を導入したのだ。過去の取引データなどを学習し、利用者がメーカー、車種、グレード、年式、走行距離などを入れることで、「これ以上では売れません」「おすすめ価格」といった情報を提示する。
売り手と買い手の価値に対するギャップを埋めるための橋渡しをして、売り手に現実的な価格を設定してもらうのだ。民泊サービスの仲介で先行する米Airbnbもこうした価格の幅を重視する。
具体的な仕組みとしては、AIのエンジンが蓄積した取引のデータを分析し、対象のクルマごとにメーカー、車種、グレード、年式、走行距離など、どの要素が価格に相関するのかを分析し、重み付けをしている。その相関を考慮したうえで再度データを整えることで、価格の予測精度を引き上げられるという。
本業の中古車の自社売買における価格予測でも昨年からAI活用に乗り出している。「海外なども含めて販路が多様化したうえに、中古車の在庫を自社の月額レンタルサービスに活用するなど、考慮しなければならない変数が増えている」(新規事業開発室長の北島昇執行役員)からだ。
海外も含めてどれくらいの価格で販売できるのか、買い取る時点で高精度で予測できることを目指している。クルマ自体のデータに加えて、日経平均や原油、金などの指標を活用しており、海外現地での中古車相場データの入手や分析も検討している。
物件の買い主側を支援する
不動産の購入時の金額や評価資産証明書、住宅ローンの残高といった情報は売り主側だけが把握するものだ。これに対し買い主側は周辺の売買価格を頼りに推測するしかない。
こうした情報の非対称性を解消しようと物件価格の予測サービスを開発する、おたに(川崎市)は「GEEO(ジーオ)」を提供する。
対象との物件の住所を入力し、マンション・戸建て、間取りや構造、築年数などを設定すると、実際に取引が成立すると予想する販売価格を表示してくれる。
国交省の不動産取引価格情報、統計局の国勢調査や住宅・土地統計調査など約100のデータセットから、1000以上のデータを入手し、機械学習のエンジンで分析することで価格を推測している。取引のサンプル数は100万以上だ。
仮に番地単位のデータが提供されていない場合でも「不動産取引価格情報のデータをベースに、周辺施設の種類や距離、人口密度、住民の転出入、収入などで補って補正する」(おたにの小谷祐一朗代表取締役)。実際の物件で検証すると多くのケースで誤差が1割以内だという。

海運の最重要指標を予測
業界によっては、取引価格を左右する影響力の大きい指標が存在する。海運業界であれば鉄鉱石などを運ぶ大型タンカーの運賃市況を示す「ドライバルク市況」がそれにあたる。英国の海運取引所が海運会社などから運賃を聞き取り調査し、指標として公表しているものだ。
それを基に運賃が決まるが、「時によって変動が大きい。船の配備をどう計画するのか高精度に予測できれば、経営判断に使いたい」(商船三井システムズ IT戦略推進部の大構秀幸部長)。ドライバルク市況が高値で推移することが分かれば、タンカーを新しく作るといった判断ができる。
そこで、商船三井は機械学習が専門の横浜国立大学の長尾智晴教授と組んで、AIによる予測に乗り出した。中国で鉱石の取引が活発化すれば、ドライバルク市況は上昇するといった関連は知られているが、「これ以外にも市況に影響するものがあるのか。どの要素が一番影響するのか。機械学習を駆使してまずは1年間研究する」(商船三井システムズのIT戦略推進部の坂本淳子専門課長)。
外部指数やAIによる立案支援
戦略的な値付けに乗り出す各社に共通するのが、外部データの活用による精度向上への期待である。
例えば、リクルートは住宅情報誌に掲載した価格などの情報と販売期間、場所や駅からの距離などの物件情報などを基に、2000年代初頭に住宅価格指数を開発。住宅関連企業や金融機関などに提供してきた。当時開発したリクルートホールディングス R&D本部 RIT推進室の清水千弘フェローは「購入者の実態を反映したよりリアルタイムな指数を目指した。家を購入して後悔する人をなくしたいという思いがあった」と説明する。
リクルートは住宅指数を無償で公開するほか、購入者アンケートなど蓄積した情報を分析して住宅情報誌やサイトへの広告を出稿する企業には基本的に無料で提供している。
現在は、「事業者がマンション向けに購入した土地に関連し、どのような条件の物件を建設すればどのような収益になるのかシミュレーションできる仕組みを検討している」(清水フェロー)と言う。
CCCマーケティングはポイントカードのTカードによる店舗などでの購買価格データを分析し、「Tポイント物価指数(TPI)」を算出し、2~3日後に公開している。企画本部事業企画部データサイエンス・ラボの堀井克倫所長は「日本の消費額は300兆円とされているが、統計局の家計調査は300億円で0.01%が対象だ。Tカードは6兆円が対象で、2%の消費を捕捉している。売値ではなく実際の買値であるのが特徴だ」と言う。
性年代を把握しているため、男性と女性、若年層と老年層といった分類での指数も算出できる。「今後は店舗と顧客の居住の距離と購買などの関係についても分析していきたい」(堀井所長)。
マーケティングコンサルティング会社のアイディーズ(沖縄県豊見城市)は、食品スーパーなどの1日約500万人のレシートデータを集計・分析している。「i-code」と呼ぶ独自のコード体系を導入し、生鮮3品・総菜の情報をマッピングし、市販されている食品ともにビッグデータ分析できるようにしている。
山川朝賢社長は「価格を下げれば売れるかというとそうでもない。実際、ビールのデータを見ると価格が高い時の方が数量が出ている場合が多い。平日は野菜をカットして少量で売れば顧客に喜ばれるし、1個に換算した際の単価も上がる。そうした顧客本位での売り場作りが、利益を出すために欠かせない」と指摘する。
各社に共通する課題が増え続けるデータへの対処である。外部データが増えているだけでなく、内部でもこれまで記録していなかったデータが蓄積され始めている。そうしたデータの爆発的な増大に対応する1つの解がAIの活用である。
例えば、NECはAIを活用し、流通業の特売価格の設定を支援するサービスを開発した。異種混合学習と呼ぶ技術を活用したもので、ID-POSや広告宣伝、気象などの情報を入力し、曜日や気温や天気、他の商品との価格差など、どの要素が最も影響するのかを見いだすものだ。
価格の最適化は運輸や不動産など一部の業界では長年取り組んでいるが、他の多くの業界では進んでいない。儲けを生み出す、ビッグデータやAI活用の新たな領域と言える。