格安航空会社(LCC)大手ピーチ・アビエーションは、人工知能(AI)による音声認識技術を活用した運航案内サービスの実証実験を実施している。音声認識の技術検証と業務効率化への貢献を検証するのが目的だ。実験途中ながら、運航が乱れがちな台風の日は利用が増えるなど、顧客ニーズに手応えを感じている。

 実験では専用番号を用意して、コールしてきた顧客に自動音声対応システムで出発地と到着地を尋ね、音声認識によって情報提供する運航路線を特定し、当日の運航状況を案内する。「関空」「成田」など通称でも認識する。

 実証実験の案内は、メールマガジンとFacebookページで1回告知した程度だが、「想定より利用回数は多い。そして事前の想定通り、台風の日などに利用が増えている」とシステム開発を担当した人事・イノベーション統轄本部イノベーション統括部部長の前野純氏は明かす。

 実験期間は8月24日~10月31日で、システムはグーグルの深層学習(ディープラーニング)による音声認識API(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)「Google Cloud Speech API」のベータ版を利用し、ITソリューション提供のJSOL(東京都中央区)と共同開発した。半年ほど前から企画を練り、2カ月間ほどで開発した。

 実験の狙いは2つある。1つは音声認識技術の検証だ。顧客が話した空港名の認識率や問い合わせの完了率などが成果を測るKPI(重要業績評価指標)となる。実用性が検証されれば、顧客向けだけでなく、社内システムにも音声認識技術の活用の可能性を探る。なお、音声認識はピーチ独自に学習させたモデルではなく、グーグルの汎用的な学習済みモデルを利用している。

 もう1つは費用対効果の検証だ。LCCである同社は、間接費用を削るためコンタクトセンターの対応は平日の午前9時から午後6時に限定している。しかし、「ご不便を掛けていてそのままでいいとは思っていない」(前野氏)。自動応答により24時間対応にできれば、低コストで顧客満足は向上するはずだ。

 そこで、AIシステムへのコール数と、コンタクトセンターで人が対応したコール数の減少、そして人件費やシステム費用などを踏まえて費用対効果を測る。「運航情報などの確認、問い合わせ手段はスマートフォン(サイトなどへ)へ移行していくことも踏まえて、将来的にニーズがあるかシビアに見ていく」(前野氏)。

AI音声認識による運航状況案内システムを提供
AI音声認識による運航状況案内システムを提供

人とAIの役割分担

 グーグルのAPIを採用した理由は、今後の精度向上への期待、価格などに加えて、既存システムとの連携だ。

 ピーチは初便が就航した2012年から、クラウドサービスを採用してさまざまなシステムを開発、運営してきた。その結果、データがサービスごとに散在するため、グーグルの分析用データウエアハウス「BigQuery」を採用してデータを集約し、各部門でのデータ分析を可能にしている。将来的に顧客の問い合わせデータも統合する可能性も踏まえて、連携が容易なグーグルの音声認識APIを採用した。

 また、ピーチは11月1日に中国・上海に就航するなどアジアの顧客を増やしていく方針だ。多言語化が容易なことも重要だった。

 検証の結果、AIシステムの有用性が判断されても、コンタクトセンターの人員削減は予定していない。今後の事業拡大を前提に、人員採用数を抑制できる効果を期待する。また、前野氏はAIと従業員の役割分担を、「運航情報の案内のようなAIのシステムでできることはシステムに任せればいい。一方で、複雑な対応は人手でする必要がある」と考えている。

 井上慎一CEOは常に、「何かおもろいことをやれ」と社員に発破を掛けるという。こうした先進性が高いAI活用には社内他部門も歓迎している。一方で、先進技術をどう事業に生かすかはまだ模索の最中だ。今回の実証実験は、技術検証や顧客ニーズの確認という目的を踏まえて、そしてスピードを優先して、あえてシンプルなサービスにした。先行して取り組むことで集まる貴重なデータ、ノウハウを生かして、実用化でも先を行くことを目指す。