自動車産業は裾野が広く、日本の基幹産業だ。車のビッグデータ対応が進むことで、様々な業界のサービスモデル、ビジネスモデルが変革する可能性を秘める。
9月10日午後0時50分、茨城県常総市で鬼怒川の堤防が決壊。関東の直轄河川では1986年の小貝川以来となる堤防の決壊被害だった。浸水範囲は面積約40平方km、東西約4km、南北約18kmにおよび、3人が死亡、54人が負傷した。
実は同日午後6時前、常総市およびその周辺におけるホンダのテレマティクス「インターナビ」の通行実績データがグーグルやヤフーを通じて一般に公開されていた。ホンダは堤防が決壊する10日の昼前には通行実績データの一般への公開を決定。午後2時半ごろからデータ配信を始めた。その後、グーグルとヤフーが準備を整え、午後6時前に公開された。
ネット上では「祖父母の家の周辺や田んぼの無事も一目で分かりました。普段の渋滞回避も有り難いですが、こんな時にとても有り難いです」「ホンダのインターナビ ここで活かさなくていつ使う!やはり素晴らしい。何処で道路が分断されているのか良く分かります」といった書き込みが多数見られた。自治体も様々な形で避難勧告を出しているが、通行実績データは住民にとって貴重な情報源だということが分かる。今、車のビッグデータは災害時だけでなく、様々な社会課題の解決に貢献する。
ホンダが埼玉県県土整備部から「カーナビのデータを交通マネジメントに活用できないか」という提案を受けて、共同で検討を開始したのが2007年。同年12月には埼玉県知事とホンダの担当役員が相互情報提供協定に調印。以来、毎年インターナビデータを活用した取り組みを継続している。
走行データの提供先はいまや、国土交通省、東京都や京都府、静岡市、千葉市といった自治体、警視庁や総務省などの省庁プロジェクト、高速道路会社などに拡大してきている。2014年には、建設コンサルティング会社を通して自治体など50件の走行データを提供した。
インターナビの走行データは質・量ともに国内トップレベル。2014年の年間走行データ収集距離は53億9000万kmに達した。これは自家用乗用車総走行距離の1%に相当する。
ビューアの提供で扱いやすく
10月には、インターナビの走行データを地図上で簡単に見られるツール「PROTANASビューア」の提供が始まった。交通ビッグデータを見える化するウェブアプリだ。道路の渋滞箇所や事故危険箇所、整備効果などが地図上に分かりやすく表示される。同ツールを開発したのは建設コンサルティング会社のケー・シー・エス(東京都文京区)。
ツールのライセンス料は年間30万円で、これに自治体などの範囲に応じて走行データ使用料が加算される。ツール提供によりデータが扱いやすくなり、自治体での活用がさらに進むことが期待される。走行データの契約などについては今年度から順次、住友電工システムソリューションが業務を代行するようになった。業務の迅速化を進めるためだ。ホンダは2007年当初から同社に、走行データの抽出・集計などの技術的作業を委託している。
渋滞の先頭はどうなっているのか…。誰もが感じる疑問も車のビッグデータが解決する。ホンダは現在、高速道路の渋滞情報をより精緻にするための研究・対策へのデータ提供を検討中だ。100mごとの緯度経度情報に基づいて、各地点の平均通過速度のデータを高速道路管理者に提供しようというものだ。現在は、ほとんどがインターチェンジに設置している測定機器で通過台数や通過速度を測っているとされる。100mごとのデータになれば、より精緻に渋滞を把握できる。
「渋滞がいつどこで始まったのかが分かるようになる」とホンダ日本本部営業企画部インターナビ事業室の平井精明主任は期待する。
トヨタのビッグデータで事故減少
2013年6月にスタートしたトヨタ自動車の「ビッグデータ交通情報サービス」。車のビッグデータを加工したトヨタ独自の「Tプローブ交通情報」や「通行実績マップ(通れた道マップ)」「交通量マップ」「ABS等作動地点マップ」などの情報を提供するクラウドサービスだ。自治体や企業にとっては、交通量改善や地図情報の提供、防災対策などに活用できる新しい情報提供サービスとの位置づけにある。トヨタへのこれまでの問い合わせ件数は、100件以上に上っているという。
既に愛知県をはじめ、豊田市や青森県といった自治体、警視庁などが活用している。これまでにトヨタが提供した件数は未公表だが、企業向けに災害リスク情報サービス「DR-info」を提供しているパスコなどの民間企業も含まれている。パスコは地震や津波など大規模災害発生時に、人工衛星や航空写真とともに、トヨタのプローブデータによる通行実績がある道路情報(通行が可能であると想定される道路)をユーザーに提供している。
トヨタのビッグデータを活用して成果を上げている自治体の代表格の1つが、トヨタのお膝元の愛知県だ。具体的には、トヨタのデータから思い切りブレーキを踏むと作動するABS(アンチロック・ブレーキ・システム)作動の多い場所を抽出。2013年1~5月の5カ月分のデータを活用した。「事故の発生が予測される場所」を抽出して現地調査を実施。対象とした8カ所から、事故件数(2012年実績)の少ない場所、突発的にブレーキを踏む要因のない場所などを除いた4カ所を選定して、対策を実施した。
4カ所は、下表にある阿久比町などで、各市・町のABSの作動が多い交差点かその付近だ。例えば、阿久比町では、舗装修繕や区画線(減速マークの追加など)の設置・引き直し、信号サイクル長の調整(150秒から120秒へ)などを実施した。

対策実施の結果、阿久比町の交差点付近では、2013年2~6月の5カ月間にABSの作動は29件だったが、対策後の2014年2~6月では3件まで減った。実に89%の減少だ。残りの3カ所も含めた増減率の平均はマイナス25%だった。
現在愛知県では、データを活用する対象期間を2013年の1年間に広げて、対策を実施する場所を6カ所追加した。既に対策は終了し、今後、ABS作動件数の増減を検証する。
同社e-TOYOTA部スマートセンター開発室の村井康洋・企画グループ長は「豪雨や冠水の情報など新たなデータの提供も検討している」と話す。