特集「気象分析力を武器とする企業」の第3回は、愛媛県で始まった気象ビッグデータ活用の取り組みを紹介する。「農業用気象予報システム」は、スマートフォンのアプリから1キロメッシュで、最大72時間先までの1時間ごとの天気が参照できるようになる。予報は30分ごとに最新のものに更新される。

 気象ビッグデータを活用することで、専門家の暗黙知を形式知にする──。愛媛県では気象ビッグデータの活用に、農家、行政、IT企業、気象情報会社がタッグを組んで乗り出した。ハレックスがピンポイントの気象情報を基にした農業情報サービスを提供し、農家が使い込むことで作物ごとに適切な温度や湿度、風などの条件を見いだしていく。

愛媛県松山市の野本農園は72時間後までの気象データを栽培作業や出荷に活用し始めた
愛媛県松山市の野本農園は72時間後までの気象データを栽培作業や出荷に活用し始めた

 農家などに向けて提供するのは「農業用気象予報システム」で、スマートフォンのアプリから1キロメッシュで、最大72時間先までの1時間ごとの天気が参照できるようになる。予報は30分ごとに最新のものに更新される。基となるデータは前述のスーパーのマルイが利用しているものと同じである。

設定した圃場などの地点で、高温や低温、霜害などが予測される場合、メールなどでアラートを送信してくれる
設定した圃場などの地点で、高温や低温、霜害などが予測される場合、メールなどでアラートを送信してくれる

 ハレックスの越智社長は「農場全体にセンサーを置かなくても、1キロメッシュの気象情報で圃場ごとに簡単かつ低コストに管理ができるようになる」と説明する。

 8月に愛媛県松山市で開催したサービスの発表会では、「アラート」の機能に質問が集中した。

 農業用気象予報システムは、設定した条件でアラートを出せるようにしている。例えば、「48時間後に気温が10度を下回る」といったアラートを設定することで、冷害に対する対策を打つことができる。また現時点では日照りが続いていても、X時間後に雨が降るとわかれば、重労働となるかんがいの準備をしなくても済む。

 参加者からは「1時間に何度以上変化したり、マイナス温度が何時間か続いたりしたら警告を出してもらえるか」「同じ気温4度でも、日射によって条件が変わってくるが考慮できるか」といった質問が相次いだ。

 愛媛県松山市でみかんなどを大規模に栽培する野本農園は、同システムの開発に当初から協力してきた。その野本敏武代表は「農業は勘と経験の世界で、農家ごとに暗黙知を持っている。荒天や乾燥などから作物を守るため、2、3日も寝ないで作業することもある。それでは大規模農業の生産性が上がらないし、若い人も農業に従事しなくなる」と背景を説明する。

気象情報を販売にも活用する

 農地だけでなく遠隔地の天候も農業経営を左右する。例えば、消費地である東京エリアが急に寒くなると予測できれば、「みかんが売れると判断して出荷を早めるといった判断をしたい」と野本代表は期待する。

 ハレックスなどは3段階で同システムを完成させていく考えだ。2段階目として2015年度中に農業用気象予報システムに1カ月先と3カ月先の気象を予報する機能、そして16年度中に収穫量や出荷時期を予測する機能をそれぞれ盛り込む計画だ。越智社長は「気象ビッグデータを適切に活用することで、農家が適正な人員で戦略的に経営できるようにしたい。日本の課題を解決したい」と力を込める。


 米国のビジネスアナリティクスの専門家であるトーマス・ダベンポート氏は、著書『分析力を武器とする企業』の中で、企業の競争力は「一つひとつの業務プロセスを最高の効率と効果で実行すること、あるいは最適の意思決定を効率良く下すこと」が決め手になると指摘した。あらゆる事象を左右する気象のデータは、最適な意思決定の近道になる──。本特集のタイトルにはこうした意を込めた。

30分後のゲリラ豪雨を、“雲の卵”で予測する
理研がスパコン「京」と最新レーダーで研究

 理化学研究所の計算科学研究機構データ同化研究チームの三好建正チームリーダーは気象ビッグデータの最先端の研究に取り組んでいる。

新型の気象レーダー
新型の気象レーダー(写真提供:情報通信研究機構)

 ゲリラ豪雨を100メートルメッシュで30分前に予測して警告し、河川の急な増水による事故などを未然に防ぐことを目指している。気象庁は既に発生しているゲリラ豪雨の雲がどの方向に動くのかといった予測をしているが、三好氏らは雲が発生する予兆から捉えるのが目標だ。

 ゲリラ豪雨は発達した積乱雲がもたらすが、普通のレーダーでは雲の中の雨粒をキャッチしてから観測を終えるのに約5分かかる。これに対して新型の「フェーズドアレイ気象レーダー」は雨粒の状況を一度に立体的に観測できるので、10~30秒で済む(写真)。このため雲が発達する様子を逐一捉えられるようになる。

 こうして得られた観測データを高速なスーパーコンピューターを使ってシミュレーションなどで処理して、ゲリラ豪雨につながるかどうかを予測する。ここで2つの問題がある。

仮想を現実で軌道修正する

 1つがシミュレーションと現実世界との差である。そこで三好氏は「ビッグデータ同化」と呼ぶ手法で、シミュレーションの結果と実際に実環境で起こっている事象のズレを短時間に軌道修正することを考案した。具体的にはスパコンで100本のシミュレーションを同時並行で実行しておき、それを30秒ごとに前述の新型レーダーで実際に観測したデータとつきあわせる。最も正確と思われる1本のシミュレーションの設定値を採用し、新たなシミュレーションを始める。こうして「現実の気象とコンピューターの中の仮想的な気象をつなぐために軌道修正する」(三好氏)。

 この処理には想像以上に大きな計算負荷がかかる。これが2つ目の課題である。世界最高水準の性能を誇る理研のスパコン「京」でも100%フルに使うことでリアルタイムの処理が可能になるという。

 現時点では京の20分の1程度の能力を使い数時間かけてシミュレーションを実施して、動作の検証をしている段階だ。もっとも技術は進化する。三好氏のこのプロジェクトは2018年までの見通しだが、「5年後の2020年の東京オリンピックの時点では、スパコンの価格性能比が上がり可能になることが増えてくる」と期待を込める。

スーパーコンピューターの京を利用し、30分以内に発生するゲリラ豪雨の予測に取り組む(画像提供:情報通信研究機構)
スーパーコンピューターの京を利用し、30分以内に発生するゲリラ豪雨の予測に取り組む(画像提供:情報通信研究機構)

 現時点では利用していないが、最新衛星であるひまわり8号のデータも使うことで精度の向上が見込まれる。ひまわり8号の画像は雨粒が形成される前の雲を捉えることが可能であり「より早い段階で予兆を捉えられる可能性がある」(三好氏)。

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