データ共有を進める上での最初の課題は、社外からデータを提供してもらうこと。しかし、宮崎県の「ひなたGIS」には頼まずとも様々な国や自治体からデータが続々と集まってくる。一体なぜだろうか。
個人情報のなかでも医療に関するものは厳格な扱いが求められ、データの収集や共有が難しい。
新潟県の佐渡市ではこのハードルを乗り越えて病院や福祉施設などの間で医療情報を共有し、活用するサービス「さどひまわりネット」を作り上げて2013年から運用を続けている。個人を軸に医療や介護に必要なデータを集約している。

患者は佐渡のどの病院に行っても、医師や看護師などが過去の病歴や投薬歴、検査や健康診断結果など、患者個人を軸にしたデータを参照できる。救急車で運び込まれた患者であっても、データを参照することで適切な治療を行うことに活用できる。また、医師と患者の間で「先月血圧の薬を減らしたんですね」といった会話にも活用している。患者個人の状況の変化をデータから知ることで、コミュニケーションにも重要な役割を果たしている。
レセプトデータを個人を軸に集約
個人のセンシティブな医療情報ということもあり、データの登録や活用には本人同意が必須だが、高齢者を中心に約1万5000人と島内住民の約4分の1が同意している。いわば佐渡島全体を仮想的に1つの病院にしたようなものだ。
さどひまわりネットを立ち上げた佐渡総合病院の佐藤賢治病院長は「仕組みを持続するため、現場の負荷を上げずに導入しすぐに活用できる方策を考え抜いた。結果としてデータのソースとしてレセプトを選んだ」と説明する。
レセプトは医療機関が健康保険組合や自治体などに対して、医療費や薬剤の費用を請求するための明細だ。カルテのように詳細の情報はないがフォーマットが揃っているし、レセコンと呼ばれるシステムにつなげばデータが取得できる。「データ収集は基本的に自動で行い、参加する各機関の担当者に追加の負荷はない」(佐藤病院長)。
積極的に活用し、住民に対する登録を推進してくれるのが介護の関係者だという。「介護施設の入居者がこれまでどのような病気にかかってきたのか、施設への入居時に薬を持ってきたけど今それを服薬していいのかなどがデータで確認できる。実際にネットに参加する介護施設は増えている」(同)。
今後の課題は許諾が得られていない住民のデータの活用である。例えば、許諾を得ていない住民のデータを蓄積しておいて、大災害時などに「非常モード」に切り替えて活用することなどが検討対象だ。
高性能なUIがデータを呼び込む
自治体のポータルサイトには様々なオープンデータが掲載されている。こうしたなかで地理情報システム(GIS)として、緯度経度の地点情報を軸に異彩を放つのが宮崎県庁の職員が開発した「ひなたGIS」である。
総合政策部情報政策課ICT利活用推進担当の落合謙次副主幹が海外の高速地図処理の最新技術を取り入れながら独学で開発し、今年5月に公開した。様々なデータを変換したうえでひなたGISに搭載しており、「Googleマップ」のように高速にスクロールしながら閲覧できるのが特徴だ。約80もの地点にひも付いたデータソースの情報を背景に表示し、可能なものはレイヤーを重ねて表示できる。

ひなたGISはこのユーザーインターフェースの先進性によって多くのデータを呼び込んでいる。「図らずも全国からデータが集まってきて、自然と活用してもらえる地理情報のプラットフォームとなった」(落合副主幹)。
要請があったデータについては落合副主幹らが中身を検討したうえで掲載している。例えば、今年7月に発生した九州豪雨に関連して、国土地理院のデータを取り込んで被害状況の画像を地図に重ねて閲覧できるようにした。すると当の国土地理院の担当者から、被災の前後を見比べられるデータも提供したいとの連絡がありすぐに掲載。それを被災地の自治体職員が実際に活用したという。
民間からも、様々なデータを掲載してほしいと寄せられている。長野県の技術者からは、国土地理院のデータを基に計算して生成した、地図上の各地点の標高をビジュアルに表現できるデータが寄せられた。
地域課題を軸に官民データ集約
地域の課題を解決するために立ち上がったのが、岡山県倉敷市と高梁川流域の合計10市町である。全自治体で主要なオープンデータのフォーマットを統一して、課題に応じた地域情報の可視化を進めている。
倉敷市と一般社団法人のデータクレイドル(同市)が中心となって、情報の可視化サイト「data eye」を開発・運用している。地域データの可視化サービスとしては、国が開発・運用する「RESAS(地域経済分析システム)」もあるが、data eyeは町丁目や細かいメッシュ単位で分析ができるのが特徴だ。下の地図画面はメッシュ単位の人口密度を、任意の公共施設とともに表示したものだ。2010年から2040年まで1年単位でバーをスライドさせて遷移させられる。

data eyeはオープンデータと購入した民間データの掛け合わせや可視化で開始したが、新たなデータを積極的に取り込んでいる。倉敷市企画財政局企画財政部情報政策課の福島慎太郎主幹は「住民や企業も含めた地域のデータを、活用のアイデアとともにワンストップで提供するのが立ち上げの狙い」と説明する。
例えば、地域内の住民であれば会員登録することで、自らのデータをアップロードして掛け合わせて表示することを可能にした。流通企業の担当者なら自社のチェーン店舗のデータを重ね合わせて可視化できる。地域の公共交通事業者からは、データ提供の提案があり協議を始めた。
倉敷美観地区のカメラ画像を取り込み、歩行者を認識して性別や年齢層、人数などを推定するなど、リアルタイムな状況の把握にも挑む。
様々なプレーヤーがデータ共有、連携して価値を生み出す取り組みを始めた。多くはデータの蓄積を始めたところで、価値の創出はこれからだ。ただし、民間の場合は同業他社や異業種にどこまでのデータを共有したり提供したりできるのか。特定の産業や軸でデータを収集する際の協調領域と競争領域の線引きが次なる焦点だ。
8月31日に経済産業省が開催した「コネクテッド・インダストリーズ懇談会」では、世耕弘成経済産業大臣と日本企業のトップが、自動走行、ロボティクス、素材、インフラ、スマートライフに関連する5つの分野において、協調領域におけるデータの共有や利活用について話し合いを始めた。