特集「アルゴリズムは現場が磨く」第3回は、三菱電機によるディープラーニングを活用した雑音除去技術の実証実験を紹介する。また、産業技術総合研究所 人工知能研究センターの辻井潤一・研究センター長へのインタビューでは、同センターの研究戦略を尋ねた。

 クルマの中で電話をしていても、相手にはあたかも静寂な部屋で話していると感じられる──。

 周囲の雑音を完璧に除去できる技術の研究開発に取り組んでいるのが、三菱電機の情報技術総合研究所だ。同社役員理事の中川路哲男所長は、次のように話す。

 「これまで情報化技術については地道に取り組んできた。当社が得意なのは、組み込み技術。ディープラーニングを活用した雑音除去技術を自動車電話やカーナビなどの機器に組み込んで、使えるようにしたい」

 一般にこれまでの雑音除去技術は、完全ではなかったという。推定した雑音を除去する方法だったために、完璧に雑音を推定することができない場合は、どうしても残ってしまうからだ。ごく平均的な信号形状の雑音は推定できても、信号の形状が変化するような雑音には対応できなかったというわけだ。

騒がしい工事現場でも音声認識

 そこでディープラーニング技術などを用いて、従来とは逆に、人の音声だけを抽出してそれをリアルタイムに再構成して雑音除去音声を合成する技術の開発に取り組んでいる。雑音が混入した信号から人の音声以外の信号はすべて雑音と見なして除去しているわけだ。

 三菱電機は2017~2018年にかけての実用化を目指している。例えば、騒々しい工事現場などで音声認識をしてテキスト化する際に、この技術は必要になるという。工事現場で作業員がウエアラブル端末を使って保守・点検し、その状況を音声で報告するようなケースだ。工事現場にいるのに、あたかも静寂な部屋から報告しているようにできれば、その音声はかなりの精度で認識できる。

 静寂な部屋では99%の認識率の音声認識システムであっても、板金作業によってガンガンと騒音をまき散らしている生産現場では、認識率は一気に7割まで落ちてしまうという。こうした生産現場でどうしても音声認識を使わなければならないケースでは、ディープラーニング活用による雑音除去技術は確実に使われていくはずだ。

 もう1つのニーズは冒頭でも触れたが、自動車電話だ。自動車は時として移動する会議室となり、ストレスのない商談には通話に雑音がないことが望ましい。特に高級車向けでその要望が強い。この場合はリアルタイム性が必須。人の音声のみを抽出して再合成する処理時間が20~40ミリ秒でなければならない。音声通話なので遅延は許されない。100ミリ秒程度の遅延でも許される音声認識の用途とは、この点が違う。研究開発中の雑音除去技術では、リアルタイム性を重視した仕組みになっている。その1つとしてディープラーニングの活用がある。

 今回、三菱電機の情報技術総合研究所では、他の研究者も利用可能な公開されている音声データはもとより、実車を用いて“現場”で独自に収録した音声データや騒音データなどを研究開発で使っている。

 例えば、国内外の高速道路や一般道路をいろいろな車種(セダンやスポーツタイプ、SUV=スポーツ・ユーティリティー・ビークル)を走らせている。様々な気象条件(晴れや雨、強風下など)で走行して、実際の電話通話音声やクルマ室内走行騒音を収録して用いている。

ディープラーニングを活用した雑音除去技術の仕組み
ディープラーニングを活用した雑音除去技術の仕組み

 ここまで紹介してきた3社のAIの研究開発や運用は、いずれもBtoBビジネスにおける活用事例だった。米国などではグーグルやフェイスブックなど、消費者向けネットサービスでのAI活用が注目される。BtoB事業でのAI活用は彼らとは異なる、日本の強みとなるかもしれない。

 一方で、リクルートホールディングスはグーグルやフェイスブックなどとも真っ向から対抗しようとする。業態は異なれど、現場重視姿勢は、日立、NECなどのAI研究と同様だ。その詳細は、7月に掲載した「世界を目指すリクルートの人工知能研究所、6領域のパートナー戦略が明らかに」を読んでほしい。

「社会にインパクトのある研究成果とプロダクトを生み出したい」-産業技術総合研究所 人工知能研究センター 辻井潤一・研究センター長
産業技術総合研究所 人工知能研究センター 辻井潤一・研究センター長

 これまで社会の情報化が進んできたが、これからは知能化に向かう。特に製造や医療、創薬、農業などで知能化が進んでいく。気がついたら自動車やバイオ、ナノテクなどあらゆる重要な産業でAIが強くないと競争力を失ってしまうようになってきた。知能化のほうが大きな付加価値を持つようになり、製造に関する技術力があっても、完成品メーカーも部品メーカーのように下請けになってしまうことだって起こり得る。

 知能化に長けている米グーグルや米アップル、米アマゾンといった企業に席巻されてしまうという危機感があって、産業技術総合研究所に人工知能研究センターが設立されたとの認識を持っている。このセンターは、産業界や社会などの現場にあるデータを活用して可視化する。その際にAIを使う。センターがAI研究のハブとして機能し、企業や大学などと連携していく。

 現状で、グーグルやマイクロソフトなどは大量のAI研究者や技術者を抱えている。日本の研究グループでそんな規模の人材を抱えているところはない。だから、このセンターにAIの専門家集団の集積を作って社会にインパクトのある研究成果とプロダクトを生み出したい。大学の先生にはこのセンターに客員として来ていただき、ポストドクターも雇用し、データを抱える企業やほかの大学の先生とも共同してスケールの大きな研究を進める。この研究を通して人材を育成する。

 7月下旬の時点で大学からの客員は31人、産総研にいる研究者などと合わせると81人の体制だ。あらたに4人の研究者を採用。既に公表されているが、このセンターは、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託事業「次世代ロボット中核技術開発」(人工知能技術分野)において、拠点になることが決定した。次世代人工知能技術の研究開発拠点として本事業を遂行する。(談)