たくさんのデータを抱えているのは企業の現場だけではない。AI研究者はデータがあるなら世界各地の現場に出向き、大量のデータでアルゴリズムを磨いて、新しいビジネスを生み出そうとしている。特集「アルゴリズムは現場が磨く」第2回は、NECの実証実験を紹介する。

 南米アルゼンチンのティグレ市。首都ブエノスアイレスの北35kmのところに位置する、人口約40万人の水郷観光都市だ。この街には、1000台の監視カメラが稼働しており、画像や映像を活用した様々な運用が実施されている。

 NECは20~30人の研究者を含む約100人を現地に送り込んで実証実験に取り組み、最近になって運用が始まっているサービスがある。その1つが、AIを活用した「バイク2人乗り」の自動検知だ。バイク2人乗りは、犯罪につながる行動ということで、ティグレ市にある統合監視システム オペレーションセンターが許可を出し、NECは監視カメラの画像や映像のデータを自由に使ってAIアルゴリズムを活用して解析している。

 「ティグレ市はビッグデータを提供してくれるので当社のAI技術などを生かすことができる」と、NECグローバルセーフティ部の森部岳志主任は説明する。NECは2008年から監視カメラをティグレ市に納入している。当初は660台だったが、2012年には810台まで増えた。NEC以外の業者が納入した監視カメラを合わせると1000台になる。

 バイク2人乗りの検知には、NECが「オブジェクト認識」と呼ぶ技術を使っている。物体が何かを自動判定する技術だが、物体をパーツ(部分)に分けてそれぞれを機械学習で認識している。まずは、監視カメラの画像の背景との差分を見て、移動している物体かどうか判別。その物体に絞り込んでから識別していく。絞り込むことでリアルタイム性を確保しているのだ。

機械学習を使って、2人乗りバイクを自動検知
機械学習を使って、2人乗りバイクを自動検知

 次にバイクかどうか識別するために、胴体とその上に分ける。次にタイヤがあるかどうかでバイクかどうか識別する。さらに乗っている人間がどういう形をしているのか、こぶが2つあるかどうかで、2人乗りバイクを発見する。頭部を見てヘルメットをかぶっているかどうかも、識別している。前述したように、一連の識別は機械学習によって行われている。

違法駐車の自動検知にも

 NECはティグレ市で、機械学習を使った、様々な行動検知の運用も最近になって始めている。例えば、人かクルマかを機械学習で識別した後に、追跡した動作を見てどういう行動か自動検知する。具体的には、違法駐車の自動検知だ。銀行の前など駐車できない場所にクルマが一定時間、駐車されている状態を自動検知。オペレーションセンターにアラートを送って知らせる。カメラの映像も証拠として送る。

 麻薬の取引を見つけるといった行動検知の運用も行っている。例えば、ある一定エリアに長時間いる人は怪しい。しかもそのエリアが麻薬取引によく使われる場所ならなおさら怪しいので、オペレーションセンターに連絡するというものだ。デモの発生も同様だ。例えば、市庁舎前に人が集まってきたとしよう。人数がある閾値を超えるとセンターにアラームを流す。

 「機械学習で認知した人が突然倒れたり、ひったくられたりするような事件や事故などを、画像や映像で自動検知できるなど、行動検知については無限の可能性がある」(森部主任)という。ティグレ市からは野良犬や野良馬の検知もしてほしいという要望も来ている。まだ導入していないが、画像さえあれば、いろいろなことに柔軟に対応できるという。

 NECは、ディープラーニング技術を独自に改良して高速化した「RAPID機械学習」も活用している。ティグレ市で物体の識別に使っている機械学習を、RAPID機械学習に切り替えることも検討しているという。

 RAPID機械学習に切り替えることのメリットは、以下の2つだ。(1)撮影対象物における周囲の環境変化に対応しやすくなる、つまり明るさや角度が大きく変わっても柔軟に対応できる点。(2)NECの専門家が個別に機械学習エンジンのチューニングを行うことなく、オペレーション側(ティグレ市)である程度対応するだけで、自動で識別能力が上がっていく点。ティグレ市の担当者が最初のうちだけ、アラートに対して識別のOKやNGなどの結果を返すだけでいい。

 NECでは、ティグレ市以外の都市や他国でも、監視カメラの画像や映像をディープラーニングなどの機械学習技術で解析するソリューションを提供し始めている。とはいえ必ずしも有効に活用できるわけではない。街が画像や映像データを自由に提供してくれるかで、AIアルゴリズムが磨かれるか決まるという。

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