たくさんのデータを抱える現場ほど、人工知能(AI)技術の活用で利益を生み出せる。研究者が現場に出向いてビッグデータを解析して、施策を打ち出す動きが活発だ。特集「アルゴリズムは現場が磨く」の第1回は、実証実験によってある倉庫の生産性を5~10%高めた日立製作所の取り組みを紹介する。
「10年前からビッグデータに埋もれた価値を人工知能(AI)によって引き出せないかと、ずっとやってきた。業務に関するビッグデータを計算機に入れれば、利益を生み出す施策が導き出される」
こう話すのは、日立製作所 基礎研究センタ プロダクトリーダの嶺竜治主任研究員。一般的な研究所の研究員からは到底聞くことができない「利益を生み出す」という言葉は、とても象徴的だ。まさにAI研究は利益に直結しているというわけである。日立製作所では、既に物流や流通、プラント、金融、交通など7分野24案件の実証実験で成果を出しているという。
AIのアルゴリズムを開発する研究員が業務に関するビッグデータが集まる現場に出向いて実証実験を繰り返している。文字通り、AI研究は現場のデータによって鍛えられている。実証実験でAIアルゴリズムが使えることを示すことで商談につなげていく。
倉庫の作業データ分析で渋滞解消
日立製作所と日立物流は、実証実験によってある倉庫の生産性を5~10%高めた。AIが導き出した施策によって生産性向上という成果を手にしている。物流倉庫には出荷、入庫のオーダーが大量に寄せられる。「ただし、オーダー通りに作業員が動くと、同じ場所に作業員が集中してしまう。そうなると、前の作業員が棚からモノを下ろしている間、後の作業員は待っていなければならず、効率が悪くなる。そこでAIは、作業の順番を入れ替えることで渋滞が解消する施策を導き出した」(嶺主任研究員)と言う。

AIアルゴリズムに入力するデータは、作業日や作業開始時刻、作業終了時刻、作業者ID、商品ID、商品数、商品棚ID、出荷先ID。そうしたデータとその日一日の生産性の相関を調べてみると、時間帯と作業員の場所が一番相関していた。
「作業員の場所が重なると生産性が悪くなり、作業現場では渋滞が発生していると解釈できる。実際に現場に行くと、渋滞が起きていた」と嶺主任研究員は説明する。渋滞を解消する施策は、AIアルゴリズムが導き出した。同じ時間帯に作業員が同じ場所に行かないように作業指示をシャッフルしたのだ。
仮に5番目と10番目の作業を入れ替えたときのトータルの作業時間がどのくらいになるか、シミュレーションしている。作業時間が短くなれば、採用する。また、7番目と8番目の作業を入れ替えたとき、トータルの作業時間が変わらなければ、そのままにするといった具合だ。ひたすら計算を繰り返して最適な作業の順番を導き出す。その結果、1日当たり5~10%の作業時間短縮が図られた。それ以上はどう作業の順番を変えても短縮できなかったという。
嶺主任研究員は「どういう作業の順番にしたらいいかは、その日の業務データだけでは偏りが出てしまう。そこで過去数カ月分の業務データを使って、どの時間帯に作業員が集中するかを見て当日の作業の順番をAIアルゴリズムが導き出している」と話す。

店員データ分析で顧客単価15%増
日立はこのAIアルゴリズムを、「運転判断型」と分類している。取引データやどの棚からどの棚へ商品を運んだかといったデータなど、業務に関するビッグデータを基に、生産性向上などの施策を導き出すAIだ。
機械学習やディープラーニング(深層学習)は、「パターン認識型」に分類している。画像や音声などをたくさん学習して認識精度を高めるというもの。米IBMのWatsonなどは「質問応答型」に分類する。あらかじめ言語知識をデータベース化して関連した情報を引き出してくる。例えば、コールセンターにかかってきた問い合わせや質問に対して、相応しい回答をデータベースから引き出してくるのだ。
さて、日立の運転判断型AIの倉庫における取り組みは、店舗運営にも応用できる。顧客や店員にウエアラブルセンサーを首から提げてもらって行動データを測定。その行動データと購買データから、店員を重点的に配置すべき場所を発見した。フロアのある場所に店員がいるかいないかによって、顧客単価が15%違ったという。
「理由は特に分かっていない。その“ホットスポット”に店員がいることで、奥の方の売り場までお客さんが誘導されて、滞在時間が伸びて売り上げが伸びたと考えられるが、本当の理由は分からない」と嶺主任研究員は言う。理由は分からなくても、データによって売り上げ向上の施策を導き出してくれるAI。確実に成果を出してくれるというのなら、今後、企業が採用に動く可能性は高いはずだ。