深層学習を活用するビジネスが、人の「眼」を代替する分野から立ち上がってきた。特集の第3回は、高齢化に伴う医療費の急増や専門医師の不足など深刻な課題を解決すると期待されている、深層学習を活用した医療画像診断支援システムなどを取り上げる。

 高齢化に伴う医療費の急増や専門医師の不足など深刻な課題を解決すると期待されているのが、深層学習を活用した医療画像診断支援システムだ。レントゲンやMRI(磁気共鳴画像)、CT(コンピューター断層診断)といった医療画像と専門医による診断をセットにした教師データを深層学習で学習させて、医療画像診断支援アルゴリズムを開発。このアルゴリズムは、未知の医療画像の特徴量を抽出して、正常か異常か、異常の場合にどんな病気の可能性があるか、診断支援してくれる医療機器になる。

「診断精度では負けない」

 ライフサイエンス分野で人工知能(AI)・画像解析ソリューションを提供するエルピクセル(東京都文京区)は、深層学習を活用する医療画像診断支援システムの開発で国内で最も先行している1社だ。国立がん研究センターをはじめ、東京大学医学部附属病院や順天堂大学医学部附属順天堂病院など十数の医療機関と連携しており、脳外科を中心に医療分野の専門家と一緒に開発している。

 エルピクセルの強みは、質の高い教師データを活用している点と、3次元画像を効率的に使って精度を上げている点だ。「ベテランの医師が診断するデータを使っており、診断精度では負けない」とエルピクセルの島原佑基代表取締役は自信を込めて話す。

一昨年から医療機関と取り組んでいる臨床試験も年内で終了するなど、実用化は近い。システム開発と並行して法規制への対応も進めており、医療機器の承認に向けて医療規制に詳しい法律の専門家と相談しながら準備を進めている。

 今年11月26日から12月1日にかけて米国シカゴで開催される北米放射線学会のイベントに、エルピクセルは初めて自社のブースを出展する。「世界で一番、放射線医師が集まる学会。エルピクセルがどんな研究をやっていて、何を目指すのかアピールする。新しい発表も行う」(島原代表)と、海外展開にも力を入れていく。

海外の医療画像診断支援システムでは、米食品医薬品局(FDA)に認可された企業もある。

 世界標準を目指す島原代表は「先行例がないと医療画像診断支援システムの業界が盛り上がらない。競合も含めて1社で全部はできない。病気の種類は何百、何千とある。すみ分けるには十分であり、競合企業と一緒に医療画像診断支援システムの市場を作っていく。今は広い碁盤の面に石が1つ2つ置かれた程度。取り合いになるのはもっと先だし、1社が独占している医療機器はない」と力強く話す。

脳動脈瘤の診断を支援

 エルピクセルが力を入れている病気の1つが脳関連。下の写真は、クラウド型脳動脈瘤診断支援システムの読影ビューアー画面だ。

画面にあるシリーズUIDは、DICOM画像のヘッダ情報。DICOMとは、医療画像データの配信、画像の保存フォーマットを示す。1人の患者は1つ以上の検査情報を持ち、1つの検査情報は1つ以上のシリーズ情報を持つ。1つのシリーズには1つ以上のIMAGEが含まれる。プロトコルは撮影方法。例えば、MRIの場合は、磁場のかけ方によって色々な撮影方法がある。枚数は、シリーズに含まれる画像の枚数を指す。CADは、AI検知を実行したか否かを未実行・実行済で表している。なお、UI(ユーザーインターフェース)部分の開発はエムネス(広島市)が担当
画面にあるシリーズUIDは、DICOM画像のヘッダ情報。DICOMとは、医療画像データの配信、画像の保存フォーマットを示す。1人の患者は1つ以上の検査情報を持ち、1つの検査情報は1つ以上のシリーズ情報を持つ。1つのシリーズには1つ以上のIMAGEが含まれる。プロトコルは撮影方法。例えば、MRIの場合は、磁場のかけ方によって色々な撮影方法がある。枚数は、シリーズに含まれる画像の枚数を指す。CADは、AI検知を実行したか否かを未実行・実行済で表している。なお、UI(ユーザーインターフェース)部分の開発はエムネス(広島市)が担当
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 例えば、クモ膜下出血の原因となる部位を深層学習アルゴリズムで検出している。脳内の動脈が膨らんだ状態である脳動脈瘤の画像と関連情報を教師データとして用意。深層学習などの技術でこの教師データを学習して学習済みモデルを作成している。このアルゴリズムを使い、新たに撮影した画像から脳動脈瘤を自動で抽出する。深層学習のモデルはCNN(畳み込みニューラルネットワーク)を採用した。

 医療画像診断支援システムのアルゴリズム開発では、東京大学大学院の松尾豊特任准教授の研究室に所属していたメンバーが中心に2012年10月に創業したPKSHA Technology(パークシャテクノロジー、東京都文京区)も先行している。パークシャは昨年5月、ノーリツ鋼機とその子会社で遠隔医療診断サービス最大手のドクターネットと業務提携している。

 医療画像診断支援システムの事業化を進めているのはドクターネットだ。深層学習による診断ソリューション「診断アシストツール」を医療用画像管理システムなどに搭載していくことを目指している。

赤ちゃんの便秘を早期発見する

 意外なところでも機械の眼が活躍する。赤ちゃんの排便だ。NPO法人日本トイレ研究所(東京都港区)と富士通九州システムサービス(福岡市博多区)は深層学習を活用した「赤ちゃん便秘チェック」の実証実験を開始する。

 その背景には、日本トイレ研究所が実施したアンケートの深刻な結果がある。小学生の5人に1人が便秘状態にあることが分かったのだ。そして、便秘の子はそれ以外の子と比べて、睡眠時間や食生活などすべての点で下回っている結果になった。

 実は「当研究所に寄せられた排便相談で最も多いのは2歳であり、早期発見・早期対処を怠ると小学生になっても便秘傾向になり、長引いてしまうことが危惧されている」(日本トイレ研究所)という。この結果は日本トイレ研究所に寄せられた排便相談を集計したものだ。

 排便の状態がチェックしやすい乳幼児のときに早期発見することが大切なため、赤ちゃん便秘チェックの実証実験が考案されたというわけだ。

 実証実験は、数カ月後の開始となるもようだが、3つのフェーズを経ることになる。まず、フェーズ1では、乳幼児の保護者にスマートフォンでおむつの排便を撮影して、専用のSNSを介して小児科の専門医に送る。専門医はその画像を見て、「良好」「便秘」「下痢」「病気かも」の4つに分類する。クラウド上に排便の画像と分類がセットになった教師データが蓄積されていく。

 フェーズ2は、排便を分類するアルゴリズムの生成だ。蓄積された教師データを、深層学習で学習させて学習済み分類モデルを生成する。

 フェーズ3は、フェーズ1で構築したSNSに、深層学習によるアシスト機能を追加。医師の診断に際して、分類のアルゴリズムが排便の画像の診断を支援して医師の負担軽減を図る。

フェーズ1で構築したSNSに、AIによるアシスト機能を追加する。 医師の診断に際して、AIが画像を基に診断支援を行い、負担軽減を図る
フェーズ1で構築したSNSに、AIによるアシスト機能を追加する。 医師の診断に際して、AIが画像を基に診断支援を行い、負担軽減を図る

実現に向けて様々な課題

 便秘は、乳幼児の健康状態を悪化させる原因だが、保護者には便秘に関する知識が十分にないのが実態だという。便秘を早期発見できるSNSは、乳幼児の保護者をサポートする救世主になる可能性がある。

 日本トイレ研究所のサイトに掲載されている排便外来は全国に61カ所しかない(2017年7月現在)。埼玉県にあるさいたま市立病院の排便外来には、その道のスペシャリストの先生がいる。小児外科診療部長を務める中野美和子先生だ。

 今回、排便画像の分類を行うのはその中野先生だ。分類する時間は1週間に1度、2時間程度を想定している。そのため、ある程度教師データが蓄積されたら、1セットの教師データの画像のリサイズや反転により増量して、複数の教師データを作ることを計画している。

 また、保護者がスマホで撮影する排便画像についても、課題はある。機種によって解像度が違ったり、人によって撮り方が違ったり、画像の明るさが違ったりするからだ。そこで排便画像を撮影する際に使う専用アプリにガイドを表示して、なるべく均一な画像を収集するようにする。

診断行為、医療機器ではない

 実証実験の開始に当たっては、2つの大きな課題がある。(1)診断という行為にならず、医療機器でないことを示すこと、(2)倫理指針に触れないことの2つだ。

 (1)については、医療機器にならないよう、仕様を検討中だ。保護者はボランティアとして排便画像を送ることになる。協力する保護者は、日本トイレ研究所が中心になって集める。(2)については現在、富士通の倫理審査委員会に申請調整中だ。承認されれば、実証実験に入る。

 富士通は、本体でも動画などのデータにも対応できる時系列ディープラーニングをはじめとして、深層学習技術の活用に積極的だ。「今年9月以降、いくつか取り組みを紹介できるようになる」(富士通デジタルサービス部門AIサービス事業本部担当の原裕貴執行役員)と言う。