画像・音声認識系、産業用ロボットや自動運転などの運動系などで深層学習ビジネスは花開く。どんなビジネスが立ち上がろうとしているのか、最前線を追う特集の第2回は、日本の人工知能(AI)スタートアップを紹介する。
「それぞれの分野における世界市場はとても大きい。にもかかわらず、参入している日本のプレーヤーはまだまだ少ない」と松尾准教授は指摘する。
同氏が深層学習ビジネスで評価しているPFN、ABEJA(東京都港区)、クロスコンパス・インテリジェンス(東京都港区)はそれぞれ、「自動運転系および産業用ロボット系」「実世界最適化支援(店舗内行動)」、製造業を中心とした「一般数値データ異常監視」および「医療画像処理」を手掛ける。ただし、それ以外の分野にはなかなか手が回らない。もっとプレーヤーが増えてこないと、米国をはじめとした海外勢においしいビジネスをみすみす持って行かれかねない。
もっとも、トヨタやファナックと資本提携するなど、製造業における深層学習の活用を進めてきたPFNは7月14日、ディー・エヌ・エー(DeNA)と共同出資会社PFDeNAを設立したと発表。同日開催した記者会見で、PFNの西川徹代表取締役社長CEOは「DeNAの強みは人と向き合うサービスを作っていること。僕らはBtoBの技術をやってきたが、BtoCとBtoBを融合させて新しいイノべーションを起こしたい」と、新たな領域で深層学習を活用していく方針を明かした。
「様々な課題の解決のために、多くのデータがないと深層学習は生きてこない」(西川社長)ことが、PFNが数千万人規模のユーザーを抱えるDeNAとの共同出資会社の設立に踏み切らせた。PFDeNAが研究する領域として、DeNAの既存事業であるコマース、ゲーム、エンタテインメント、新事業のヘルスケア、ライフスタイル、自動車分野を想定する。
PFNはアマゾンの倉庫作業に挑戦
ヘルスケアでは健康診断や遺伝子データを活用した病気の予防、医療画像の認識による診断支援などを想定する。自動車では、自動運転車両の配車アルゴリズムやルート設定などによる都市交通の最適化、物流効率の改善、そして有人ドライバー向けの運転行動連動型の自動車保険などを検討していくという。
PFNは松尾准教授が今後研究が必要とする「ピッキング系基礎技術開発」にも取り組んでいる。PFDeNAの設立発表会中、PFNの西川社長は、米アマゾン・ドット・コムが6月にドイツで開催したコンテスト「Amazon Picking Challenge」に参加して2位になったと話した。同コンテストは、ロボットが棚に置かれた商品をピックアップして、箱に入れていくというもの。その時間などを競う。
「準備期間は3カ月と短く、新しく会社に入ったメンバーも入れてチームを作る過酷なチャレンジだったが、準優勝できたのは深層学習を広範に活用したから」(西川社長)と言う。コンテストで、ピックアップする商品の認識と、商品のどこをつかむと取り出せるかの両方に深層学習を活用した。
アマゾンは倉庫内で指定の商品が入った箱をロボットが作業員の前まで運ぶことは実現している。ただ、「人のようにモノを取るのは非常に難しいタスクで実用化されていない」(西川社長)。段ボールに入れるのは現在は作業員の仕事となる。機械での作業が実現すれば、ほぼ無人の倉庫で発送作業を進めることができるはずだ。
今後、深層学習の技術力を持つPFNと、データと事業分野の知見を持つDeNAのような組み合わせによる提携は増えていき、様々な分野で新しいビジネスが誕生していくとみられる。実は、既存の大企業は深層学習を得意とするスタートアップ企業と水面下で実証実験をしながら、実用化を目指している。既に活用している事例も出てきている。
パークシャは専門医の診断を支援
松尾准教授の研究室に所属していたメンバーが中心に2012年10月に創業したPKSHA Technology(パークシャテクノロジー)は、機械学習・深層学習領域のソリューションを既存企業に提供して、「マザーズ上場企業並みの利益を上げている。1年後をメドに上場する計画だ」と、創業者の1人である上野山勝也取締役は話す。クライアントは大手キャリアやインフラ企業、メディア企業など。ちなみに松尾准教授はパークシャの技術顧問を務めている。
そのパークシャは今年5月、ノーリツ鋼機とその子会社で遠隔医療診断サービス最大手のドクターネットと業務提携。医療画像領域へのビジネス展開を加速している。放射線診断専門医が不足する国内にあって、ドクターネットとともに、深層学習を用いた医療診断サポート支援を行っていく。来年中をメドに深層学習による診断ソリューション「診断アシストツール」を医療用画像管理システム(PACS)などに搭載していくことを目指す。

上の図は、パークシャが手掛けている深層学習による診断サポートの枠組みだ。深層学習の手法でよく使われる畳み込みニューラルネットワーク(CNN)によって、レントゲン画像を識別。ある症例の陽性確率と陰性確率を割り出し、専門医の診断を支援する。診断アシストツールは、ドクターネットが保有するアジア最大級の教師付きデータで深層学習した画像診断アルゴリズムを使う。放射線科医師は診断アシストツールを用いて診断結果を作成。集積していく診断結果レポートから新しい教師付きデータが作成され、さらに深層学習してアルゴリズムを改善していくサイクルを回していく。