リピート顧客を対象にした施策だけでは将来縮小が見えており、リスクを負ってでも顧客創造の施策は欠かせない──。7月22日に開催した本誌セミナーでは、ビッグデータ活用で儲かる仕組み作りについて識者らが真剣に意見を交わした。

野村総合研究所ICT・メディア産業コンサルティング部 主任コンサルタントの鈴木良介氏
野村総合研究所ICT・メディア産業コンサルティング部 主任コンサルタントの鈴木良介氏

 日経ビッグデータは7月22日、読者無料セミナー「ビッグデータで『儲け』を生み出すモデルと仕組み」を六本木アカデミーヒルズで開催した。まず、野村総合研究所ICT・メディア産業コンサルティング部主任コンサルタントの鈴木良介氏が登壇。「データをお金につなぐ『DIVAモデル』」と題して、分析したビッグデータから価値を見いだし、それをお金に換えるためのフレームワークについて語った。

売り上げへのフレームワーク

 ビッグデータのビジネス利活用が叫ばれるようになってから、すでに4~5年が経過。データ分析に対する関心は、結果の面白さから、どうやってお金や儲かるビジネスモデルに換えられるかに移っている。例えば「見える化」はデータ分析の典型だが、「見える化だけにお金は払えない。もうひと価値ほしい」と、最近のITベンダーは顧客から望まれることが多いという。

 この「もうひと価値」が意味するのは売り上げへの貢献であり、「情報を用いて、顧客にどのように働きかけ、その振る舞いの変化を引き起こせるかどうか」が企業にとっては重要となる。振る舞いの変化とは、これまで特定の製品を購入していた顧客が、別の製品を購入するようになることで、売り上げに大きく影響するのが一番難しい部分でもある。

 このような状況で、鈴木氏が提案するのが「DIVAモデル」だ。DIVAとは、集めた「データ(Data)」を分析によって「情報(Information)」として捉え、そこから「価値(Value)」を見いだし、「売り上げ・効用(Achievement)」に換えるというデータ活用の流れを、その頭文字で表したもの。

 これに、データの収集・生成、解釈・分析、働きかけ、費用、実現するための基盤といった項目を加えたシートに基づくことで、見落としや混乱なく議論できるようになる。

 「DIVAはデータ活用モデルを記載するためのフレームワーク。各項目を埋めることで、自社の取り組みが一連の流れをきちんと踏まえているかどうか確認できる。すべて埋まれば成功して儲かるというわけではないが、埋まらないと筋が悪い可能性が高い。例えば、情報抽出まではしっかりやっているが、そのあとの工程は何も考えていなかったといった欠陥を明らかにできる」と鈴木氏は、DIVAフレームワークの有用性をこう説明する。

社長の頭の中の流れは逆

 さらに、データ活用の担当者が企業の経営者に提案する場合は、逆の流れであるAVIDの順だと関心を持ってもらいやすいという応用も紹介。「社長の頭の中は逆の流れ。まず必要な売り上げを得るには、顧客にどう変わってもらう必要があるか。そのためにはどのように働きかけるか。それらを踏まえたうえで、どのデータが必要になるのか説明していけば、理解されやすいし話も通しやすい」(鈴木氏)。

 ただし、ビジネス的視点では売り上げから考えるAVIDモデルが良いとしても、今はデータから考えるDIVAモデルであるべきと鈴木氏。その理由は「あと5年間くらいは、具体的な活用法やビジネスモデルが確立されていない、膨大かつ多種多様なデータが世の中にある状態。このデータをどう活用できるかという視点で取り組むほうが、新しいビジネスチャンスにつながるから」

 現時点では、価値ありきでデータ活用に取り組むよりも、とりあえずデータを収集・生成して分析しておいて、あとから思わぬニーズや市場に巡り合うという期待が、ビッグデータにはまだある。

 また、データ活用のビジネスモデルを考える際の注意点として、付加価値の流れと金の流れが異なることは多いと指摘。「データ活用に限らず、どんなに優れたサービスを提供しても、金の払い手がいなければビジネスは成り立たない。誰の財布から払ってもらえるのかを見極める必要がある」(鈴木氏)とした。

 セミナーの後半では、分析プロジェクトの第一線で活躍するギックス取締役の花谷慎太郎氏、全国約1800店が参加するボランタリーチェーンの全日本食品の上席執行役員である恩田明氏、東急百貨店の営業政策室営業政策部営業政策担当課長の鈴木淳氏の3人をパネリストに迎え、本誌副編集長の市嶋洋平がモデレータを務めるパネルディスカッション「儲かった分析、儲からなかった分析」を行った。

先進3社の儲かる分析ノウハウ

パネルディスカッションに臨んだギックス取締役の花谷慎太郎氏、東急百貨店の営業政策担当課長の鈴木淳氏、全日本食品上席執行役員の恩田明氏(右から)
パネルディスカッションに臨んだギックス取締役の花谷慎太郎氏、東急百貨店の営業政策担当課長の鈴木淳氏、全日本食品上席執行役員の恩田明氏(右から)

 分析プロジェクトに取り組んだものの、成果が出なかった、売り上げに貢献しなかったというケースは少なくない。安価で気軽に導入できるツールが増え、分析そのもののハードルは下がったが、問題は得られた結果をどう売り上げに結び付けるか。全日本食品の恩田氏は、そのために必要な条件として、分析担当者の「現場感」を挙げる。

 「分析担当者のスキル条件は、いかに現場感を持っているか。弊社の分析チームのトップは店長経験者で、小売業の現場である店舗を知っている。分析から気づきを得るには、ある商品や顧客のデータを定点観察し続け、変化に気づき、そこから仮説を立てる。どれだけ顧客を知り、訴求できるかが重要で、売り上げは必然的についてくる」(恩田氏)。

 東急百貨店では、カード会員などに対して販促を行っているが、課題となっているのが購買実績のない顧客への訴求だという。

 鈴木氏は「リピート顧客を探し出し、買ってくれそうな実績の顧客を見つけ出せれば、高い確度で成果が期待できる」とする一方、「購買実績ゼロの顧客に買ってもらうのは困難で、販促施策を行ってもコストが見合わない」と、その難しさを強調する。

 しかし、リピート顧客を対象にした顧客維持施策だけでは、将来縮小が見えており、リスクを負ってでも“ゼロ顧客”に対する顧客創造の施策は欠かせない。

 鈴木氏は、ゼロ顧客向けに行った2つのメルマガ施策を紹介した。1つは反応率が0.28%で失敗だったが、同じ顧客を東急エージェンシー開発のPLSA(確率的潜在意味解析)ツールで分類し配信したところ、反応率は1.5%だったという。鈴木氏は「0.28%という反応率は、DMだったら郵送費で赤字になっていたので失敗」とあらためて難しさを示す一方、「初めて試したツールで1.5%という数字は、ゼロ顧客という前提だとすごい。5%まで高められるのではないか」とツールへの期待を示した。

 ギックスの花谷氏は、顧客企業のデータ活用を支援する立場から、分析プロジェクトが成功しやすい傾向について言及した。

 「分析ツールの使い方は、ローリスク・ローリターンだと効果が出やすい。成果を欲張らず、地道に改善していくと成功しやすい。例えば、顧客維持か顧客創造かを判断できない企業もある。一気にリターンを取ろうとするのではなく、まずはデータを見て、狙いを定めて取り組むこと」

 花谷氏はこうまとめ、「儲かる分析」にするためのコツを語った。

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