製品に備えたセンサーから得たデータを活用し、成果を出しているケースはごく一部。各社はどのようにして死の谷を越えたのか。特集第3回は農機をIoT化したヤンマーなどの事例を取り上げる。

 農機具大手のヤンマーは2013年、国内の農機メーカーとして初のIoT事業に乗り出した。「スマートアシスト」と呼ぶ仕組みで、農機のエンジンや操作系などから得られるセンサー情報を携帯回線を通じて送信。サポートセンター側でデータを分析して、先回りで対処をしたり、顧客にアドバイスしたりしている。

 例えば、北海道のある農家の農機が故障をしたが、ヤンマー側はそれを予測して部品をあらかじめ発注してあったため、顧客に素早い対応を感謝された。

 農機には自動車のような車検制度がないため、現在自社の製品がどこで何台稼働しているのかを把握するすべがない。このためスマートアシストのように、販売後も顧客とつながり続ける仕組みが求められていた。

 そこでスマートアシストは当初から予知保全や盗難検知に利用する標準機能を無償で提供。「2015年末には9割以上の顧客が利用してくれている」(経営企画ユニットビジネスシステム部部長の矢島孝應執行役員)。

30分以内に必ずアクション

 並行して2015年4月には顧客の稼働状況を統合して収集・分析する、リモートサポートセンターを設立。異常な稼働状態にあり、顧客に伝えるべきだと判断した場合は、30分以内に連絡が完了する体制を整えた。

 例えば、農機にわらや牧草が詰まっていそうなことがデータから分かった場合、顧客にいち早く伝えて対処してもらう。「農機自体は稼働しているので顧客は使い続けるが、そのまま稼働させると大きな故障につながりかねない」(経営企画ユニットビジネスシステム部推進部の佐藤祐二氏)。

 このほか、ある顧客から常に特定の異常が報告される場合も、そのデータを分析。その顧客が農機を間違った方法で操作していることが分かり、アドバイスすることもあった。

 農機は種まきや収穫時に集中して使うため、故障で長期間使えなくなると収益に響いてくる。スマートアシストと連携した30分以内の連絡体制の構築のほか、専門の修理器具を積んだ「Dr.AGRI(ドクターアグリ)」と呼ぶ特殊車両を全国の拠点に77台配置。顧客の農機のダウンタイムの最小化を図っている。

大ガス、故障を自動検知

 大阪ガスは4月、IoT対応の新サービスを始めた。家庭用燃料電池の「エネファーム」の新型を投入するにあたり、クラウドサービスを活用して機器の稼働や保守の情報をセンター側で集中管理する仕組みを導入した。

 国内のガス業界として大規模なIoTサービスに取り組むのは初とみられる。そのため「顧客や社内のメリットと将来のコストを明確にし、経済合理性が成り立っていることを示す必要があった。社内の事業部や経営の合意を取るのにも丁寧に時間をかけた」(リビング事業部商品技術開発部スマート技術開発チームネットワーク対応技術グループの八木政彦チーフ)。

 大阪ガスはコールセンターにかけてきた顧客の情報と故障の内容を蓄積・分析しておき、顧客からの新たな修理事案に必要な部品を予測するシステムを構築済みである。

 今回、この仕組みを進めて、実際の稼働情報から修理に必要な部品を特定して駆けつけるようにした。「エネファームは構造が複雑であり、診断のノウハウも保守担当のそれぞれに属人化している面があった。それがデータを基に客観的かつ正確に診断できるようになった」(情報通信部ビジネスアナリシスセンターの髙木大輝氏)。

 さらにクラウドを活用してセンター側で情報を集約したことで、いくつものメリットが見えてきた。

 まずはエネファームが故障したことを最長でもおよそ1日で知ることができること。従来はリモコンにエラーのアラートを出しても、顧客は故障に気づかないことが多かった。新サービスではセンター側で検知して顧客に連絡したり駆け付けたりといった対応をする。従来は6割以上の顧客が5日以上、異常を知らせる表示に気づいていなかったという。

 エネファームはガスを利用して発電したり、お湯を沸かしたりする。故障確率は極めて低いものの、万が一故障すると商用電力を使い続けることとなり、顧客の損失となるだけでなく、大阪ガスにもガス消費の機会損失となる。

 さらにスマートフォンのアプリを利用して、風呂のお湯を張ったり、床暖房のオン・オフを行ったりといったことをできるようにした。これらの機能は、室内のリモコンが家庭内の無線LANを通してインターネットに接続できるようになることで実現する。

吉本で「笑いの数値化」実験

 今後、センサーで取得できる情報は多様化していく。

 NTT西日本は吉本興業、NEC、シャープなどと組んで、「笑いの数値化」に取り組んでいる。劇場内の座席の前に付けたカメラで表情、特殊なセンサーで心拍数、呼吸数を取得する。

 今年2~3月に「なんばグランド花月(大阪市中央区)」で共同で実験を行った。NTT西日本 ビジネス営業本部クラウドソリューション部クラウドビジネスPTの石原圭太郎主査は、「真剣な顔をしていたけど、実際にはすごく面白がっている人がいることが分かった」と説明する。現在、NTTの研究所で、心拍数、呼吸数などのセンサーデータから笑いの度合いをどう数値化するのか研究している。

 こうした新たな情報をいかに事業に結びつけるのか。野村総研の鈴木氏は、「従来の市場やビジネスを維持することに固執するため、新たなサービス創造に至らない」ことが多いと指摘する。IoTのサービスや事業を成立させるためには、柔軟な発想が求められる。

 例えば、米ドラッグストアのウォルグリーンは健康機器・サービスの米フィットビットと連携。ウォルグリーンの店舗に来るまでに消費したカロリーをリストバンド型センサーなどで測定し、それに応じた購入クーポンを発行している。顧客の行動に対する“ご褒美”との位置づけだ。

 スペインのコメディー劇場「The Teatreneu club」ではNTT西日本などの取り組みのように、観客の座席の前にカメラを取り付けて、顔を撮影し笑った分だけ課金する取り組みを始めている。

 スペインでは付加価値税の税率がアップしたが、観客が遠ざかるのを避けるための苦肉の策「Pay Per Laugh(笑った分だけ支払う)」である。入場は無料で1回笑うと数十ユーロセントを支払う。観客はゲーム的な感覚を楽しみ、劇場は増収を達成できたという。

 ハウステンボスと同様にスマートゴミ箱を実験的に設置している東海大学情報通信学部組込みソフトウェア工学科の撫中達司教授は、「街中に置いたスマートゴミ箱は、携帯電話網で常時接続している情報キオスク的な存在。ここまでゴミを捨てにきたらポイントやクーポンを発行するという発想があってもいいのではないか」と語る。

東海大学が設置したスマートゴミ箱のWeb管理画面。どのゴミ箱にどの程度の量がたまっているのかを把握できる
東海大学が設置したスマートゴミ箱のWeb管理画面。どのゴミ箱にどの程度の量がたまっているのかを把握できる

顧客と修正しながら迅速に開発を

 IoTの開発プロジェクト案件の進め方も考えを変えるべきだ。三菱総合研究所の経営コンサルティング本部マネジメントプロセスグループの大川真史研究員は、「IoTではどのデータをどう取るかが優先される。するとなぜデータを取るのか、サービスの価値は何かという視点が抜け落ちることがある」と指摘する。

 ではどうすべきか。「顧客や顧客を深く理解した人とともに、リーンかつアジャイル型で要件を修正しながら迅速に取り組まないと、使い続けてもらえるサービスを創出することはできない」(大川研究員)。

 製品にセンサーや通信機能を単に加えて新しさを強調しただけでは、IoTの死の谷は越えられない。つながるのは製品ではなくその先の顧客であることを意識し、開発体制の改革や意識改革、関係部署や経営の説得といった社内面、サポートメニューや料金体系といったサービスモデルやビジネスモデルまで変えていくことが求められる。

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