製品に備えたセンサーから得たデータを活用し、成果を出しているケースはごく一部。各社はどのようにして死の谷を越えたのか。特集第2回はIoTカートを導入したトライアルが乗り越えた障壁を取り上げる。

 福岡市中心部から北東に30分。大型スーパーのメガセンタートライアル新宮店(福岡県新宮町)では店に入るとタブレット付きの「IoTカート」が顧客を出迎える。

 タブレットの裏にあるリーダーに会員カードをかざし「ログイン」すると、顧客ごとに異なる商品値引きやポイントアップなどのクーポンが表示される。顧客のスマホにクーポンを送ればいいのではないかという意見もあったが、「買い物しながら片手でスマホを操作してクーポンを探すのは現実的ではない」(トライアルホールディングスの西川晋二取締役)。

 トライアルは顧客がクーポンに興味を持って、実際にレジで購入するようにいくつもの工夫を施した。

 まずどの商品のクーポンを表示するのかは、顧客のプロフィルや購買履歴などを基に11のグループに分けている。こうしたレコメンドで商品が欲しいと思った顧客は画面上でクーポンを選択する。顧客が所望の商品の売り場までたどり着けるよう、棚にクーポンの表示と一致する「5A-2」といった記号を表示している。顧客がコーナーの列と棚の番号から、自ら探し出せる。

 大型のタブレットの画面に表示する商品は、1画面に1ジャンルで6~8個に絞った。「売りたい商品をところ狭しと並べても、どれを選んだらいいか分からなくなる」(トライアルカンパニー管理本部TCM推進リテールメディア課の松重広一課長)。

 顧客はカートを押して移動する。店舗内には300個と同店の規模からすると1.5倍のビーコンを配置。顧客が食品や日用品などの売り場を移動すると、そのエリアで使えるクーポンに自動的に切り替わるようにした。

 今年4月から実験を本格化させたが、大量買いをするような6%の顧客はクーポン利用時の購入額が2割ほど向上しているという。平日は約4000人の来店者に対して、約300人がIoTカートを利用。そのうち7割がログインし、さらにその半分がクーポンを利用している。

 同社はここに至るまでに様々なハードルを乗り越えてきている。まずは、誰でも使えるIoTカートにするためのハード的な設計である。

 顧客が屋外の駐車場に持ち出すことがあるので防水にしたうえで、充電の手間を省くために大きめのバッテリーも搭載しなければならない。さらに70台のカートを用意しているが、バッテリーが十分かどうかチェックして、充電する必要もある。また、使い勝手を考慮して、実験途中で画面サイズを大きくした。

 運用面ではIoTカートの利用法を説明するための担当者を10時から19時まで1名張り付けている。

セルフレジまで見据えた展開

 こうしてハードやソフトの問題はクリアしても、ビジネス取引上の慣習もある。クーポンの原資は商品のメーカーが負担するのが一般的であるからだ。取引先が、クーポンを出すと効果があるのかという判断を下せる定量的なデータを提供していく必要もある。また、現在は1店舗での実験なので協力している取引先が、トライアルの全100店舗以上まで展開した際にも協力するかどうかという点も懸念される。

 それでもトライアルは7月に複数の主要店舗、10月に福岡県の店舗、来年1月に九州の店舗にIoTカートの展開範囲を広げていく。

 トライアルがここまで本腰を入れる背景には、IoTカートがクーポンの発行にとどまらないからだ。

 第2ステップで売り場の従業員の代わりとなる接客、第3ステップでは「セルフレジ」を見据えている。「家電を選ぶための情報をタブレットで提供したり、2階の売り場をセルフにしたりといったことを実現していきたい」(西川取締役)。顧客がタブレットで買いたい商品をスキャンし、最後に総重量をチェックしてスキャンした全商品の重さと突き合わせ、登録済みのカードで決済という方法であれば自動化も進めやすい。

 さらにビーコンのIDと位置情報を紐付けることで、顧客がどのような経路でIoTカートを押していったのかも分かる。データを蓄積することで店舗内の顧客動線のヒートマップ化も可能だ。「現時点では本格的に活用していないが、通過するように導線を設計したコーナーに顧客が意外と来ていないなど様々なことが分かりそうだ」(松重課長)。

予知保全の実施へ保守を無料に

 ラベルプリンター大手のサトーホールディングスは業界初のIoT対応を打ち出すにあたり、新たに生まれる障壁を見込んで、サポートのポリシーなどあらゆるものを見直した。

 2015年8月に発売した「スキャントロニクスCL4/6NX-Jシリーズ」は、エラーや各種センサーの情報、発行枚数、通電状況などをインターネット経由でセンター側に集約し、データを分析している。湿度や温度など利用している現場での情報も今後取得する機能を搭載する。

 こうした故障や異常の情報が蓄積していくことで、「例えば、部品の抵抗値の波形がこうなれば、次にどのくらい(の期間や確率)で何が起こるかを予測できるようになる」(長尾博史カスタマーサポートユニット長)。

 IoT対応プリンターを投入するにあたっては、他の業界も含めてビジネスモデルの研究を重ねた。そこで得た結論が、「顧客の機会損失を最小限にしたうえで、当社側のサポートコストも削減すること」(長尾ユニット長)である。

 ラベルプリンターは、1台が寿命を終えるまでに約500万枚もの大量のラベルを印刷する。その間にプリンターを設置した工場において故障でいったん停止すると、工場で生産する製品が出荷できなくなることがある。

 そこで保守サービスの「サトーオンラインサービス(SOS)」を無料で開始し、保守が必要と判断したら故障していなくてもサービス要員が駆けつける予知保全に対応することにした。さらに無料の保証期間も従来の半年から5年まで延ばした。故障していなくてもサービス要員が駆けつけるようになると、保守対応や不要な部品交換で儲けるかのように感じる顧客もいるからだ。

サトーが昨年夏に投入したIoT対応プリンター
サトーが昨年夏に投入したIoT対応プリンター

スマホ経由でもサポート可能に

 また、セキュリティポリシーなどの制限からラベルプリンターをネットに接続していない顧客もいる。そうした顧客でもサポートを受けられるよう、プリンターのディスプレーにそれぞれの異常に対応した二次元バーコードを表示。バーコードをあらかじめアプリをインストールしたスマートフォンで読み取ることで、どのように対処すべきかの情報を得られるようにした。

 サトーは今後導入する新機種は基本的にSOSに対応させる。あらかじめ保守を実施することで緊急対応を削減。サービスの人員のコストを2020年時点に最大で3割減らすことを目指すという。