製品に備えたセンサーから得たデータを活用し、成果を出しているケースはごく一部。各社はどのようにして死の谷を越えたのか。先行事例から見いだす。第1回はハウステンボスとリコーの取り組みを紹介する。
6月、長崎県にあるテーマパーク「ハウステンボスリゾート」の一角に新たなゴミ箱が設置された。

一見すると普通のゴミ箱だが、IoT(Internet of Things)活用に詳しい野村総合研究所ICT・メディア産業コンサルティング部上級コンサルタントの鈴木良介氏は、「センサーで取得したデータによって、コスト削減を実現する“サービス”を生み出しているIoTの数少ない好事例である」と指摘する。
このスマートゴミ箱は米ビッグベリーの「BigBelly Solar」である。ゴミ箱の中にセンサーと通信モジュールなどが内蔵されており、センサー情報をクラウド経由で送信。ゴミ箱が一杯になると、管理画面にゴミ箱の位置と赤色のアラートを表示する。それを参考に回収すべきゴミ箱だけを巡回していけば、作業員の人件費や車両の燃料費などを大幅に節約できるというわけだ。
現時点で日本ではハウステンボスと東海大学の高輪キャンパスが試験的に導入しているだけにとどまるが、米国では自治体や教育機関などを中心に効果を上げている。
例えば、米国の150万都市フィラデルフィア市では街中にある500個のゴミ箱をBigBelly Solarに置き換え、ゴミの回収頻度を週に17回から同2回に削減。かかるコストを年間約2億3000万円から7300万円まで7割も削減したという。
IoTゴミ箱は1セット50万~70万円程度。フィラデルフィア市は500個を導入したので、初期コスト3億円前後と推定される。回収コストが毎年1億5000万円以上削減できるので、3年もあれば元がとれるという計算が成り立つ。
毎日のようにメディアで記事になる「IoT」は、製品やモノにセンサーを入れて情報が取れるようになったことにとどまるケースが多い。収益増などの効果を上げるまでには、越えなければならない障壁、「死の谷」が存在する。
リコー、「顧客への説明」が障壁に
その中で、IoTの死の谷を越える企業が続々と現れ始めた。各社とも社内外のデータを統合し、顧客、社内など様々なステークホルダーの利益を生み出し始めている。
その1社がリコーである。同社はオフィスで利用するデジタル複合機の大手だが、2004年と早くからインターネット経由で顧客の複合機のマシン情報を取得。リモートからの保守や、なくなりそうなトナーの自動配送、印刷枚数などの機器使用状況を管理する「@リモート」と呼ぶサービスを提供してきた。いわゆるM2M(マシン・ツー・マシン)サービスの典型例とされていた。
転機が訪れたのは2013年4月。グループのビッグデータ活用を統括する「データインテリジェンス室(現DI推進部)」を設立し、約20人の陣容でグループ各社の事業部と連携し、データ分析やモデル構築、新事業の検討を行ってきた。@リモートなどで蓄積してきたデータを基に2014年末には、デジタル複合機の稼働情報から故障の可能性を予測するシステムを本格的に稼働させている。
ここでまず1つ目の障壁にぶち当たった。「顧客への説明」である。故障の予測を始めると、実際に故障する可能性が高い機器や部品、その確率などが分かってくる。こうした先回りによるメンテナンスは本来、顧客にとってはダウンタイムを最小化できるし、リコーにとっては故障を回避して緊急対応の人員やコストを抑えられる可能性がある。両者にとってメリットが大きいはずだが、「故障していない機器を止めてメンテナンスすると、忙しい時期の顧客を困らせてしまう場合がある」(佐藤敏明新規事業開発本部技師長兼SBIセンター副所長)。
こうしたことからリコーは顧客を実際に訪問する機会をできる限り活用するという結論に至った。保守サービスの担当者がAというトラブル事象で顧客を訪問した際、その他で起きる可能性が高いBやCについてもコストや対応時間とともに情報を提供し、「対処すべきか総合的に判断できるようにした」(佐藤副所長)。

リコーはIoTの「収益化」という次の壁も乗り越えようとしている。
データを掛け合わせて営業効率向上
マシンの稼働やメンテナンスなどの情報に加えて、顧客の企業概要や購買にまつわる情報、さらに経済情勢などを掛け合わせることで、「買う確率の高い顧客」を見いだせるようになりつつある。
分析結果を基にグループ会社の営業担当者に対し、提案すべき顧客の情報と提案書の内容を自動で生成できるようにしたのだ。結果として、新機種への買い替えを勧めた場合の購入率が通常の数%から2~6倍程度高まったという。中には10倍近いケースもある。
電子メールやWebサイトによる商品やサービスのレコメンドに近い概念で、ある該当の機種を購入した顧客と同じようなプロフィルや利用状況の顧客を見いだして、その条件に合うグループに対して集中的に営業をしていく。「分析からX人以下でYをしている企業という条件が出てくるのだが、なぜだか分からないことがある。なかには優秀な営業担当がノウハウとして暗黙知で持っていたものもあった」(佐藤副所長)。