大企業とスタートアップの提携例を取材し、大企業が目的にあったスタートアップと協業関係を続け、成果を出してくための5つのポイントを見いだした。今回は「第1条:ビジョンは大きく、関係は対等で」「第2条:まず社長の意識改革、PJチームは代表を集めるな」を紹介する。
【第1条】ビジョンは大きく、関係は対等で
「技術的に優れているのはもちろんだが、将来的に目指す世界観が共有できている」

東京電力の送配電を手掛ける、東京電力パワーグリッド(東電PG)の事業開発室宅内IoTプラットフォーム事業プロジェクトグループ仲辻圭吾マネージャーは、インフォメティス(東京都港区)と組んで2018年に始める、住宅内の機器の電力情報を集めて活用するIoTプラットフォーム事業について熱く語る。
IoTプラットフォームに家電の利用情報やそこから推測される各家庭の住人の行動を蓄積し、ビッグデータを分析・加工することを検討している。ラブコールを送ったのが、ソニー出身の只野太郎氏が2013年に創業したインフォメティスである。AIを利用した電力センサーを1つ取り付けるだけで、宅内のどの家電などの機器が動いているのかを高精度に見分けられる。
東電PGは従業員が約2万人で、インフォメティスは約15人。規模が3桁異なる企業が対等の立場でプレスリリースを出したのだ。成果についても対等だ。「我々もゼロから始めている。変化が激しいなか、これまでの自前主義では通用しない。隠し合うことは何もないし、一緒に作った成果物は共有していく」(仲辻マネージャー)と言う。
サービス開始後まずは100万契約を目指すとしており、スタートアップにとってはまたとない大きな舞台だ。インフォメティスの只野社長は「今回のIoTプラットフォームは、単に1つのサービスのためだけのものではない。住宅、セキュリティ、損害保険、宅配などに広がっていく」と、大きなビジョンを描く。
階層が合わないのは当たり前
スタートアップは経営者同士が気軽に会って、その場で重要案件が決まっていく。積水ハウスはそのダイナミズムを実感した1社だ。
積水ハウスがブロックチェーン技術のスタートアップ、ビットフライヤー(東京都港区)と新事業の検討を始めたのは昨年秋。ビットフライヤーからは最初の実務者会議から加納裕三代表取締役と小宮山峰史取締役CTOの“2トップ”がやってきた。大企業は大きな案件では、担当者、部長、役員、社長との段階を経て進めていくのが一般的だ。積水ハウスの上田部長は「組織階層の数が合わず、最初は戸惑った。先方も私に話したものが社内でどう伝わり、どう判断されるのか分かりにくかっただろう」と苦笑する。
そこでスピード感を上げるため、期限を区切って、その都度上層部に情報を上げて判断をしていった。こうして当初の「ブロックチェーンで何かできないか」「建物の部材の証跡に活用できないか」と様々な可能性のなかから「物件契約に適用できないか」と目標を定めた。ブロックチェーンを使って賃貸の契約情報を管理し、オープンかつ強固なプラットフォームを構築していく考えだ。
上田部長は「今は不動産業者に出向いて判子を押すなど煩雑な手続きが必要だが、スマートフォンで契約ができるようにする。シェアサービスのようにスマホで住み替えができるようになるかもしれない。業界の他社とも情報を共有していきたい」と意気込む。
ビットフライヤー側にもメリットは大きい。これまでの金融分野ではなく不動産業界に適用範囲が広がったからだ。「極めていい実用例で、シナジーが出た例だ。ブロックチェーンの活用の幅が広がった」(小宮山取締役CTO)。

IoTプラットフォーム、住宅契約の概念を変える新サービスといった大きな絵を対等な関係で描いてこそ、社内の常識を打ち破る新事業を創造できる。
【第2条】まず社長の意識改革、PJチームは代表を集めるな
経営陣の方針は極めて重要だ。ここが定まらないとイノベーション難民が量産されていくのは必至だ。
東電PGは2年前にビジネス領域の拡大を経営として打ち出し、社内に浸透している。このため、承認が必要な判子の数が同じでも、「特に新事業案件の書類の承認スピードは格段に速くなった」(仲辻マネージャー)。
スタートアップの風に触れてもらうのも欠かせない。前述の積水ハウスでも和田勇代表取締役会長兼CEOにビットフライヤーの加納代表取締役を引き合わせるとすぐに意気投合し、実現に向け加速した。
詳しくは後述するが、セブン銀行(東京都千代田区)や大手調査会社の独GfKの日本法人ジーエフケーマーケティングサービスジャパン(東京都中野区、GfK)は、大企業と2800社のスタートアップとをマッチングするCreww(東京都目黒区)のサービスを利用した。
両社ともCrewwを利用する狙いの1つが、経営陣に異文化に触れてもらうことである。「多くのスタートアップが当社のために考えてくれた案件を目の前でプレゼンテーションしてくれる。その思いとともに、世の中の動きを知ってもらう。ここで社長に共感してもらえれば、社内も巻き込みやすい」(セブン銀行でセブン・ラボなどを担当する松橋正明常務執行役員)。
GfKのデジタルサービス部三田村忍部長も「Crewwを利用した初のBtoB企業だったが、首脳陣にAIやIoTの最新の状況、スタートアップはどういう考え方をしているのかを知ってもらったのは大きかった。一種の意識改革と考えている」と話す。
なるべく早く事業部に持ち込む
AIやIoT活用のビジネスは、経営企画や新規事業開発室など事業部以外が担当するケースが少なくない。
こうした場合に必須なのが事業部門の巻き込みだ。IoTスタートアップのZ-Works(東京都新宿区)と組んで、センサーとスマートフォンを活用した介護支援事業に取り組むキヤノンマーケティングジャパン。総合企画本部経営戦略部の横坂一部長は、「スタートアップから持ち込まれて検討が始まった場合、なるべく早く社内の関係事業部に持ち込むようにしている」と説明する。検討が進んでからだと、自分事化して関わるのが難しい。これは今回取材した各担当者に共通した認識だった。
事業のプロジェクトを組む際にはメンバー選びにも注意が必要だ。重要プロジェクトであるとして各事業部の代表社員を集めるとそれぞれの部門の利益を主張しがちで、新事業が進まない。「できれば新しいことをやるのが好きな少数の担当者で専門部署を作るべき。まずはそこで化学反応を起こす」(セブン銀行の松橋常務執行役員)。
成果を見せることも重要だ。GfKの三田村部長は「できるだけ早く小さくてもいいので成果を出す必要がある。そうしないと事業部側の納得を得られない」と言う。
Crewwのサービスを利用して、セブン銀行は、給与の即時払いサービスを手掛けるドレミング(福岡県福岡市)とマッチングした。セブン銀行側で「リアルタイム振込機能」のAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)を開発し、それを利用して、労働者が働いた分の報酬を毎日でも受け取れるサービスを始める。
一方、GfKは、AI企業のLeapMind(東京都渋谷区)と、写真画像などを解析したマーケティングの新サービス開発に取り組む。家電などの保証書の電子化サービスを手掛けるWarrantee(大阪市中央区)とは、家電の販売データと顧客の保有機器のデータを掛け合わせて新たな知見の導出を目指す。