AIなどのデジタル技術が自動車やロボット、医療・介護などリアルな世界に入ってきた。日本企業が新たな時代に勝ち残るには、新たな組織と体制が求められる。特集の最終回はトヨタが筑波大学と始めたオープンイノベーションの取り組みを紹介する。

 トヨタ自動車は、昨年1月に米国にAI研究機関のトヨタ・リサーチ・インスティテュート(TRI)を設立して大きな話題になった。CEOには、米国防総省の国防高等研究計画局(DARPA)のプログラムマネジャーとしてロボットなどの複数のプログラムを指揮したギル・プラット氏をヘッドハンティングした。「DARPA Robotics Challenge」を通じて、人と協調するロボット技術の世界を切り開き、ロボット・AI研究において世界の研究者から注目されていたからだ。

トヨタは優秀なAI人材獲得

 IGPIの冨山代表は、「(TRIの開設によって)トヨタは一握りの優秀なAI人材を確保するシステムを持った」と評価した(ポイント6)。

AI経営における7つのポイントより
AI経営における7つのポイントより

 そのプラット氏は昨年、「いま教育中の学習モデル(自動運転アルゴリズム)は将来、他社に出したり、共通する部分は標準化したりするなど、世界で効率的な開発を進めるということはあり得るのか」との記者の質問に対してこう答えた。

 「可能性はあると信じている。TRIは基本的にオープン。他社と協力して開発したいと考えている。とりわけ自動運転の中でも安全面や交通規制については、他社と共通化する部分があってもいい」

 「自動運転の研究開発は、いまは別々に取り組んでいる。しかし、より強力に推し進めるためには、協力すべきだと思う。安全面でどこか劣った自動運転車があると、ほかの車に悪い影響を与えてしまう。この分野は共通にしたほうがいい。その一方で、競争したほうがいい分野もあると思う。例えば、自動運転車の性能や使いやすさ、乗り心地、ノイズ除去といったようなものは、どれがいいか顧客が選べるようにした方がいい。だから競争する」

 プラット氏は、協調領域と競争領域を明確に見極めている。冨山代表が提唱するAI経営を実践していることになる(ポイント3)。

AI経営における7つのポイントより
AI経営における7つのポイントより

 協調領域では、外部の優れた技術や製品、人材を活用することが重要だ。オープンイノベーションに取り組めるかもポイントになる。その意味で参考になるのが、今年4月に筑波大学とトヨタ自動車が共同で開設した「未来社会工学開発研究センター」だ。センター長は、筑波大学特命教授である高原勇・トヨタ自動車未来開拓室担当部長が務める。

 同センターは、5年間の活動を予定しており、地域経済・社会の課題解決と未来産業の創出、拠点化への実証研究と政策提言に取り組む。

 IoT利活用による社会計測などについて、筑波大学の人工知能科学センターと連携。社会工学・数理工学的なアプローチによって改善課題を抽出して原因を追求。人材育成などを通じて地域の持続的な成長に貢献するという。

 高原センター長は、「自動運転を実現する新しい技術によって、フィジカル空間に加えて、新しいビッグデータに基づくサイバー空間を手にすることができる」と語る。これがIoT利活用による社会計測を可能にして、改善課題の発見や原因の究明に役立つ。

未来社会工学開発研究センターは自治体や国、他の民間企業とも共同で研究を進める
未来社会工学開発研究センターは自治体や国、他の民間企業とも共同で研究を進める

自動運転時代の協調領域

同センターが取り組むのは、MaaS(Mobility as a Service=サービスとしてのモビリティ)を中核とする地域社会の基盤づくり。高原センター長によれば、「MaaSは、自動車交通技術サービスの再構築でもあるし、イノベーションでもある」。

 重点テーマは、農業支援、保育・介護支援、防災・減災支援の3つだ。高原センター長は「例えば、農業従事者の方が農作地と農機の間で、どの程度の自動運転の機能や移動支援サービスを必要としているかを実証地でのビッグデータから探る」と、研究の狙いを説明する。

 自動運転が実現した後の社会について、高原センター長は協調領域の設定が重要になると語る。

 「トヨタに限った話ではないが、国としての、あるいは一定の社会において基盤技術となる新たな協調領域の部分を、同業や関連企業、大学、自治体などみんなできちっと作らなければならない。社会サービスを創出しようと思っても基盤がなければ実現できない」

 これまで自動車メーカーは開発から販売・サービスまで含めて一貫して自前主義で来た。ところが「自動運転を機に、個社では解決し得ない社会課題が出てきた。そうした課題に対して向き合う中で、協調領域の重要性について各社とも同じ認識にある」と高原センター長は強調する。

 協調領域の基盤には例えば、高速道路網における物流がある。

 「仮に高速道路が日本全国くまなく片側3車線あれば、このうちの1車線を物流専用の道路にすればいい。時間指定にして、その専用道路では物流専用の商用車を自動運転で走らせる。ドライバーは高速道路まで運転すればよくなる。長距離ドライバーの働き方が大きく変わり、遠くまで運転する必要がなくなって地域にとどまって働くことができる」と、高原センター長は解説する。

 未来社会工学開発研究センターのプロジェクトに参画する筑波大学の組織は7つ。システム情報工学研究科社会工学専攻、人工知能科学センター、体育系、サイバニクス研究センター、国際統合睡眠医科学研究機構、ビジネスサイエンス系、国際産学連携本部だ。

未来社会工学開発研究センターのプロジェクトに参画する筑波大学の組織と代表教授
未来社会工学開発研究センターのプロジェクトに参画する筑波大学の組織と代表教授

 高原センター長や上記組織の責任者など約20人がリーダーになってプロジェクトを進める。研究に携わるのは数百人単位になる。筑波大学を主体にしながらも、オープンラボとして、自治体や国の研究機関、スタートアップも含めた複数の企業などが参加する。高原センター長はどこにスコープを絞るのか、研究の方針や研究計画の骨格をどうするのかを決める。研究計画の骨格は、上記の7つの組織となる。

 「学内公募から始めて、候補がなければ学外に広げていく」(高原センター長)方針だ。

運転から病状を発見できるか

 研究テーマはいろいろある。例えば、国際統合睡眠医科学研究機構では、MaaSのデータを基にドライバーの挙動を追跡。深層学習に学習させて挙動から病状を発見できるかどうか検証したいとしている。また、移動は人や社会を変えるという仮説の下、移動すると元気になっていくか、医学的に検証するという。

 システム情報工学研究科では、最適化と真正性(なりすまし)などのセキュリティーが重要な研究テーマになっている。例えば子供を保育園へ送るために呼んだ自動運転車が、本当に自分が呼んだクルマなのか。なりすました自動運転車に子どもを誘拐されないようにするには、どうしたらよいのかなどを研究する。

 自動運転時代の保険の在り方については、論文が多く出ているが、ビジネスサイエンス系の研究者が取り組んでいる。体育系では、仮に自動運転が広まったとして、2050年には身体機能がどうなっていくのか、東京と地方で地域間格差が出るのか、無くすためにはどうしたらいいのかについて研究する。現在、7つの組織がどんなアウトプットを出すのか、研究計画を立てている段階だ。

 以上、AI経営を実践している企業の取り組みを見てきたが、AI技術をうまく活用して儲かる事業を生み出すには、自社の強みに加えて、外部の優秀な人材と連携するオープンイノベーションがますます必要になっていることが分かった。

 どこで協調してどこで競争するのか、的確に見極める必要がある。一握りの優秀なAI人材を生かすには、プロジェクト単位で、パートタイム的に仕事をしてもらう柔軟な人事が求められる。

 また、AIはあくまでツールにすぎない。社会や企業、個人が抱える課題を的確に見つけ出し、自社の強みとAIなどを掛け合わせたソリューションをタイミングよく投入しなければならない。課題把握のためにも、ターゲットとする顧客とのコミュニケーションが重要になる。顧客の現場に足を運び、課題を解決するための方法を一緒に開発できるフットワークが求められる。

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