4月1日付を中心に、大手企業でビッグデータ活用を強化するための機構改革が相次いだ。IoT(Internet of Things)や人工知能時代を踏まえた新事業創造と、全社横断のデータ活用推進部門の新設が二大潮流だ。
MS&ADインシュアランスグループホールディングスは4月1日、ビッグデータやIoT(Internet of Things)などを活用した商品・サービスの開発機能の強化などを目的とした専門部署を新設した。自動運転車の実用化など保険を巡る事業環境は激変が予測される。延べ30人の体制を整え、グループ一丸で荒波を乗り越える意気込みだ。
持ち株会社に「IT企画部ICTイノベーション室」、三井住友海上火災保険に「経営企画部ICT戦略チーム」と「商品本部次世代開発推進チーム」、あいおいニッセイ同和損害保険に「経営企画部プロジェクト推進グループ」を新設した。ICTイノベーション室に9人など、兼務者を含めて3社で延べ30人体制。三井住友海上あいおい生命保険など、生保のグループ企業とも適宜連携する。
MS&ADの創造的破壊への対応
IT企画部部長兼ICTイノベーション室長の野間勇氏は、「デジタルディスラプション(デジタル技術による創造的破壊)が起こり、お客さまの行動や社会が変わる 可能性があるとの認識を持っている。(利益の4分の1以上を稼ぐ)海外も含めてビジネスがどう変わるのか、情報収集、整理、共有する」ことが同室の役割の1つであると説明する。
さらに、「ハッカソンやアイデアソンなどを開催し、新たな技術を商品に結びつける自由な発想を得ていきたい」(野間氏)と語り、事業の種の発掘も持ち株会社の役割とする。
新部署の設立を機に、まずは社外のネットワークを広げて、半年後をめどに、最初の新サービスの種となるような技術や提携企業を探る。その後、事業会社と連携し、実証実験などを通じて顧客ニーズに沿うものか検証していく。今後、情報収集のための海外拠点も検討する。
あいおいニッセイ同和損保は4月13日、トヨタグループと共同出資でトヨタインシュランスマネジメントソリューションズUSAを設立した。新会社では保険分野でのビッグデータ分析とアルゴリズム開発などを進める。あいおいニッセイ同和損保は、テレマティクス自動車保険の大手の英ボックス・イノベーション・グループを買収しており、そのノウハウを生かす。
創造的な破壊は目の前で起きつつある。新部署の設立は、デジタル技術への積極的な対応を国内外へ訴求して、ともに歩むパートナー企業を広く求める姿勢の表れでもある。

サッポロは「ビジネス創出」に5人
新事業創造へ組織の新設、強化へ動くのはMS&ADだけではない。
サッポロビールは3月30日付で、ビッグデータやデジタル技術を活用する全社組織である「マーケティング開発部」を新設した。「取引先や流通以外の一般消費者向けの施策を推進していく」(マーケティング開発部デジタルコミュニケーショングループの工藤光孝グループリーダー)との位置付けである。
母体となったのは営業戦略部デジタルマーケティング室で、2つのグループから成る。「ビジネス創出グループ」はビッグデータを活用して「ビール業界にこれまでにない事業を作り出すのがミッション」(工藤氏)という。全体で5人を配置し、うち1人をデータサイエンティストとして育成していく。例えば、米ウーバー・テクノロジーズのシェアリングエコノミーの概念を活用するとどうなるかといったことを検討していくという。
もう一方の「デジタルコミュニケーショングループ」は6人の陣容で、DMP(データ・マネジメント・プラットフォーム)やソーシャルメディアを駆使したマーケティングを担当するチームとなる。
「サッポロビールの持つ様々なデータを集約したうえで、社外の様々なデータを掛け合わせ、より効果的な顧客への商品の訴求方法を見いだしていく」(工藤氏)
三越伊勢丹はIT戦略を本部に
三越伊勢丹ホールディングスは4月1日付で、「情報戦略本部」を新設した。新たなビジネス領域の創造とそれを支える最新のITの活用やシステム基盤づくりを推進するためだという。同日付で昇任した中村常務執行役員が情報戦略本部長を務める。
これまで情報戦略関連は一部門の位置づけだったが、本部に昇格させて強化する狙いだ。情報戦略本部に、「グループマーケティング戦略部」を設置。新たな価値提供に向けて各種データを分析して価値の高い新規事業創出を行う。
さらに、「IT戦略部」を設置。ITの活用促進およびグループの新たなウェブ事業戦略を立案する。IT戦略部長には、2014年4月から三越伊勢丹システム・ソリューションズ社長を務めてきた小山徹氏が就任した。小山氏は、日本IBMの出身だ。
また、大西洋社長の命を受けて2015年から秘書室の特命担当部長としてデジタル変革を推進してきた北川竜也氏が、IT戦略部のIT戦略担当長に就任した。北川氏は、コンサルティング会社勤務やEC(電子商取引)ベンチャーの立ち上げなどを経て、2013年に三越伊勢丹へ入社。ITに強い人材を配置して、デジタル技術を活用した新事業の創造へ挑む。
今春のビッグデータ関連の機構改革のもう1つの特徴は、データ分析の高度化を目指した全社横断のデータ部署の新設だ。
技術から営業まで連携のJ:COM
ケーブルテレビを運営するジュピターテレコム(J:COM)は4月1日付の機構改革で、「データ戦略企画部」を設立した。部門別に配置していたデータ活用・分析スタッフを集約し、全社でのデータ活用の高度化戦略を企画、推進することが目的だ。
「インフラであるケーブルを提供する技術部門、毎月の請求をする情報システム部門、顧客と対話をする営業やカスタマーセンター部門…、各部署の分析要員を集めて、全社横串でデータ分析できるようにした」 グループ戦略本部副本部長兼データ戦略企画部長の平田晃氏は、同部設立の背景をこう説明する。
同社はこれまでも、データ分析に基づく施策で成果を上げてきた。昨年は、同軸ケーブルの伝送路の流合雑音への対策に取り組んだ。多数の家庭から局舎へ向かう上り回線で雑音が集まると、インターネット回線の速度低下や電話の障害を招く。そこで局舎に集まる信号の波形などを分析して、雑音が高まる原因を推定して、大きく高まる前にメンテナンスをするようにした。それにより雑音を10%減らし、保守人員のコストも約半分に削減できたという。
データ戦略企画部は、企画チームとアナリティクスチームの計6人で構成される。企画チームで各部門のニーズを把握し、仮説を作り、アナリティクスチームで分析を実行する。

従来は各部門で実施していた分析を高度化させたり、各部門が持つデータを組み合わせた分析や活用に取り組んだりしていく。
例えば、ケーブルテレビのセットトップボックス(STB)端末からは顧客の操作データが集まる。個人を特定しない形で視聴の傾向やSTBの使われ方を分析して、番組制作やSTBの開発にフィードバックしていく。「視聴率は長年見てきたが、録画の状況、視聴に至るまでの動線といったものは分析できていなかった」(平田氏)ものを高度化していく。
「全社部門になったので、現場からの期待は高まっている」(平田氏)。一方で、課題はその期待に応える体制の強化だ。「まず人材を集めたところ。今後採用や育成で人員体制を増強したり、外部企業の助言を得たりしていく」(平田氏)方針だ。分析人材が一カ所に集まるので、スキルが高い人材による教育で部署全体のレベルアップが期待できる。
同社が持つデータは多岐にわたる。約500万の加入世帯へのケーブルの状態やSTB端末の操作、ネット配信する動画の視聴データ、月74万件の入電があるコールセンターの会話をテキスト化したデータなど。さらには、営業員が顧客の説明のために活用するタブレットを通じて顧客の関心がデータ化される。営業員の作業負担も考慮する必要はあるが、営業への反応などアナログな情報もデータ化できる。
電力やMVNO(仮想移動体通信事業者)事業への参入、テレビ通販のジュピターショップチャンネルへの出資など、事業領域の多様化で顧客のライフステージ、ライフサイクルまで把握できるようなデータが集まるはずだ。横断的な活用が実現できれば、大きな効果が期待できる。
コニカミノルタジャパンも全社で
コニカミノルタの販売会社であるコニカミノルタジャパンは4月1日付で、全社の分析組織である「データサイエンス推進室」を情報機器事業統括本部に設置した。生産性向上、売上向上、戦略立案の3つのタスクフォースを立ち上げ、製品開発などでコニカミノルタ本体とも連携する。
約10人の陣容で「ほぼ全員が『データサイエンティスト見習い』として分析スキルを身につけていき、社内やグループの事業部門と連携していく。現在50以上の分析案件を実施しており、なかには成果が出ているものもある」(データサイエンス推進室の矢部章一室長)。
コニカミノルタジャパンは4月1日付でデジタル複合機などの販売やITソリューションを手がけるコニカミノルタビジネスソリューションズとヘルスケア事業の国内販売会社であるコニカミノルタヘルスケアを統合して発足した。
矢部氏は約2年前に通販会社から移籍したデータサイエンティストで、コニカミノルタビジネスソリューションズのマーケティング本部 事業統括部 事業戦略グループでビッグデータ活用を推進してきた。
LINEが求めるデータプランナー
最先端を行くネット企業も動いた。LINE(東京都渋谷区)は、データ専門の研究開発組織「LINE Data Labs(ラインデータラボ)」を3月1日に新設した。新設を機に人材採用を積極化させているが、その中で新たに定めた「データプランナー」職の役割がデータ活用を浸透させる上でカギを握りそうだ。
これまではニュースやゲームなどサービス部門ごとにデータ分析チームを置いていたが、サービスを横断したデータ活用によってLINE全体のユーザー数、利用頻度を高めることを目指して、全社組織を新設した。
約2億1500万人のアクティブユーザーのサービス利用、公式アカウントの登録、スタンプの購買情報などのデータを分析する。電話番号、トークなどの機微情報は含まれない。
新設に伴い、分析を担当する「データサイエンティスト」「機械学習エンジニア」「サーバーサイドエンジニア」「データプランナー」の4職種の人材を積極的に採用していく。ラボは2016年中に50人体制にすることを目標としている(現状は非公開)。
中でもデータプランナーとはやや聞き慣れないが、「LINEが提供するサービス企画・運営で必要とされるデータに関して企画・開発をリードする業務に携わる」業務だという。従来も同業務を担う人材はいたが、今回改めて業務内容、求めるスキルや人物像を定めて募集を始めた。
その背景には、ラボでデータエンジニアを務める橋本泰一氏が持つ問題意識がある。「サービス側の希望をデータサイエンティストが全部ヒアリングをしていると、分析をする時間がなくなってしまう」ことだ。
データサイエンティスト協会(東京都港区)は、データサイエンティストに求められるスキルを「ビジネス力」「データサイエンス力」「データエンジニアリング力」と定めている。

サービスを運営する現場の課題を理解して、分析上の課題に落とし込み、解決策を見いだしていく「ビジネス力」が最初の段階で求められる。
しかし、橋本氏は「優秀な分析者がコミュニケーション能力に優れているとは限らない。個人的には、データサイエンティストは分析を主な仕事にしてほしい」と語る。
そこで、サービス部署に対するラボの一次窓口となり、現場の課題を聞き出して分析課題に落とし込んだり、簡単な分析とレポートをこなしたりするような役割をデータプランナーと位置付け、採用していく。データサイエンティストと同人数を配置する想定だ。
具体的にどんな役割を担うのか。LINEはこの3月に、「LINEニュース」でユーザーごとに最適なニュースを薦めるレコメンド機能を実装した。データサイエンティストは、純粋にクリック率などの指標が最も高くなる予測モデルを作り込む。しかし、サービスの現場からは、そのモデルが「ユーザー目線では心地よくない」との意見が上がってきたという。では、ユーザー目線では何が求められているのかを聞き出して、何を目標にモデルを作るのかといった分析の課題へと落とし込むのが、データプランナーの業務の一つとなる。
「(ビジネス力、データサイエンス力、データエンジニアリング力)の三角形の頂点は組織でサポートする。データサイエンティストはアナライズに特化した人を想定している」と橋本氏は語る。