「エンジンのシリンダーを設計できるエンジニアを派遣してほしい」。企業の人事担当者がスマホに向かって話しかけるだけで、「該当する技術者は50人います」と即座に回答してくれる。人事担当者がさらに条件を伝えると、絞り込んで人数を割り出してくれる。こんな便利なサービスが、2018年4月にも使えるようになるかもしれない。

 この人材紹介サービスを開発しているのは、技術者の派遣を手掛けている業界3番手のフォーラムエンジニアリング(東京都港区)だ。同社は各種技術者を正社員として雇用し、企業の人事担当者が求める技術者を派遣している。

顧客と技術者の満足度向上目指す

 これまで同社は、技術者と企業のマッチングは、技術者から要望を聞くコーディネーターと、企業の人事担当者から条件を聞く営業担当者が話し合って決めていた。こうしたやり方を採っているのには理由がある。人材派遣法の存在だ。厚生労働省が定める「労働者派遣事業関係業務取扱要領」である。

 フォーラムエンジニアリングの竹内政博取締役は、「派遣先からの派遣労働者の指名行為に応じてはならない」と説明する。人ではなくスキルなどに基づくマッチングが求められており、「一定の技術や技能の水準を特定することをもって、当該禁止対象の行為とするものではない。スキルシート(技術レベルや経験年数)の提供や、派遣労働者自らの判断の下に事業所訪問などは実施可能である」と言う。

 ただし、人手によるマッチングでは、「技術者や顧客の要望を十分に認識できなかったり、(コーディネーターや営業担当者)自身の認識に照らし合わせて主旨や論旨がズレてしまうなどミスマッチが起こるケースが多々あった」(竹内取締役)と言う。

 そこで、フォーラムエンジニアリングは4月、日本IBMの統計分析ソフト「SPSS」を使って算出したマッチングスコアの活用を始めた。さらに、「Watson」を利用してマッチングスコアの論拠をチャットベースで答えさせている。下の画面は、フォーラムエンジニアリングの営業担当者が使っており、社内向けで外部には公開していない。

フォーラムエンジニアリングの営業担当者が使っている、技術者と企業のマッチングスコア(指数)やその論拠が表示されている社内向け画面のイメージ
フォーラムエンジニアリングの営業担当者が使っている、技術者と企業のマッチングスコア(指数)やその論拠が表示されている社内向け画面のイメージ
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 フォーラムエンジニアリングでは、SPSSやWatsonを活用した人材派遣業務の活性化を「コグニティブ・スタッフィング」という名称のプロジェクトと位置付けている。

約1万5000のマッチングデータ

 マッチングスコアの算出に際しては、2段階のプロセスを踏んでいる。1つは、同社が成立させた過去約1万5000件のマッチングデータを基にアソシエーションルール(同時性や相関関係性の強い事象の組み合わせ)を導出し、ルールに基づき算出されたスコアを、ロジスティック回帰分析によって確信度を付加してマッチングスコアを算出している。分析に利用するデータは、業種や業務分類、主要スキルといった基本的な項目などだ。

 さらに、職務経歴書などのフリーテキストのデータから自然言語処理によってキーワードを抽出。そうした項目の関連度からスコアを加点して、総合マッチングスコアを算出している。

 キーワード分析の際、フォーラムエンジニアリングが独自開発したツリー構造化した辞書を活用している。例えば、顧客から「エンジンのシリンダーを設計できる技術者」という要望が寄せられたとする。ずばりエンジンのシリンダーを設計できる人材が抽出できなくても、その仕事ができる技術者をピックアップできる。それは、ツリー構造化した辞書を活用することで実現できるからだという。

 シリンダーの上位概念のエンジンの構成要素としてピストン、クランクなどのキーワードや、下位概念の構成要素である鍛造(たんぞう)技術や熱力学などの関連するキーワードに対するスキルやキャリアを技術者が持っていれば、シリンダーに対応できる可能性があるとして加点する仕組みだ。

アプリが従業員に指示を出すように

 質問応答システムは、WatsonのAPIである「Natural Language Classifier(自然言語分解=テキスト文章を分類する)」や「Dialog(対話=ユーザーとの対話を事前定義されたルールに基づき制御)」を使って実現している。

 来年4月の段階には、アプリが営業やコーディネーターへ詳細な指示を出すようになる。指示に基づき必要な情報を顧客企業、技術者から聞き出し、アプリの画面に入力していく。2018年4月には、冒頭で紹介したように顧客企業がスマホやタブレットに派遣してほしい技術者の条件を話すだけで、該当する技術者が何人いるかどうか回答してくれるようになるという。営業担当者を介する必要はなくなる。

 こうした機能の実現のために、様々なWatson APIの導入を検討している。自然言語による質問に対して回答の候補を返す「Retrieve and Rank(検索&ランク付け)」、人間の音声をテキスト文章に変換する「Speech to Text(音声認識)」、テキスト文章を人間の音声に変換する「Text to Speech(音声合成)」、個人の発信した文章を解析して性格を診断する「Personality Insights」、複数の競合する選択肢の中から、選択をする過程を支援する「Tradeoff Analytics」などだ。

コーディネーターや営業を減らす

 フォーラムエンジニアリングとしては、SPSSやWatsonの活用によってコーディネーターや営業の人間を減らして、経営効率を高めたいという狙いがある。顧客企業の人事担当者がスマホなどに話しかけるだけで、最適な技術者を派遣できる体制が整えば、実現に近づく。

 竹内取締役はこう話す。「もともと当社には、営業が顧客企業に『行かない』『会わない』『話さない』を追求してきた。ICTの活用によって『行かない』と『会わない』はすぐにできたが、『話さない』はなかなか進まなかった。Watsonの日本語化によってようやく実現できるメドが立った」。

 日本の技術者は現在、約60万人と言われている。このうち約20万人が流動化しており、主に派遣会社に所属している。竹内取締役は「今後は流動化する技術者は現在の20万人から30万人に増える。当社のサービスによってマッチング度が上がれば、顧客企業にも、技術者にも喜ばれて市場が拡大する」と話す。今後、マッチングの成功事例を分析して、マッチングモデルの精度を上げていく。