各社の人事ビッグデータ活用を追う特集の最終回。活用の未来はビッグデータを基にした予測、さらに対策の指示まで自動的に与えることだ。人事管理システムのWorkdayは社員の退職リスクを予測し、どんな対策を講じればいいのか、レコメンドまでする。
「求職者の方々には、入社する前に弊社のことをよく知っていただくことが重要だと思っている。どんなことに価値を見いだしているのか、社員のパーソナリティーや仕事に対する考え方などを理解して入社を決めてほしい」
こう話すのは、教育関連のコンサルティング会社ヒトメディア(東京都港区)社長室の小山清和HRチームリーダーだ。同社はウェブ系エンジニア約20人を抱えており、エンジニアは定期的に中途採用をしている。その面接の前に、求職者に48項目の質問やクイズに答えるテストを受けてもらう。社内のエンジニアにも同じテストを受けてもらい、結果の平均値と、求職者の結果を比較しながら面接を進める。
「以前は、フィーリングでしか社風を伝えることができなかったが、今では数字で示すことができるので、説明しやすくなった」(小山リーダー)という。約1カ月で約20人の応募があり、そのうち約10人に受けてもらい、1人の入社が決まった。
質問やクイズの回答で分析
小山リーダーが使っているのは、テストで人柄や価値観を抽出するサービス「mitsucari」。人事支援サービスのベンチャー企業、ミライセルフ(大阪市北区)が2月から提供している。現状で70社が登録している。
例えば、キャリアタイプについては、「成果重視なのか、過程重視なのか」「仕事環境重視なのか、仕事内容重視なのか」「専門家なのか、ゼネラリストなのか」「チーム志向なのか、個人志向なのか」「挑戦的か、確実的か」をそれぞれ7段階で示す。パーソナリティーでは、「外向的か、内向的か」「同調的か、懐疑的か」「自律的か、突発的か」「穏やかか、情緒的か」「新規主義か、安定主義か」「固定的か、変動的か」など9項目について、それぞれ7段階で示す。

感受性については、何枚かの写真を見せて、「怒っているのか」「笑っているのか」「悲しんでいるのか」といった表情を選ぶ。この感受性スコアは5段階で示す。思考性スコアでは、頭を使うクイズを出して答えを選択肢から選ばせ、やはり5段階で示す。
今後は、企業の採用担当者から実際に自社と相性がいいとして入社した社員がその後どうなったのか、結果を教師データとして与えて学習させて、アルゴリズムの精度を上げていくという。
ミライセルフの表孝憲社長によれば、「従業員数1万人程度の通信会社では、内定者のメンター社員を選ぶ際にmitsucariを使おうとしている。内定者と相性のいい社員をメンターにする」と言う。
チーム編成にも有効
リサーチ業務や経営コンサルティングを手掛けるMS&Consulting(東京都中央区)では、新卒採用の就活セミナーのチーム分けにmitsucariを使った。同セミナーは今年2月に2回実施し、各回に約22人が参加している。
採用チーム兼戦略推進室の西山博貢氏は、「1回目のチーム分けは、パーソナリティーが近い者同士を集めたが、リーダータイプや人を動かしたい人が集まったチームは、ぶつかり合って議論がやりにくい結果になった。2回目では、テスト結果を基にミライセルフが相性の合った組み合わせを考えてくれてチームを編成した。すると、22人中20人が以前(別の会社の就活セミナーで)やったグループワークに比べてチームメンバーとのコミュニケーションがうまくいったと回答した。13人が非常にやりやすかったと答えた」と話す。
ミライセルフの表社長は、以前勤務していたモルガン・スタンレーで週末リクルーターを務めていたが、「向いていると思って採用しても半年で辞めてしまったこともある。面接担当者の直感で決めていたところがあった。人の価値観やパーソナリティー、感受性や思考力を可視化できる仕組みの必要性を感じていた」と言う。
mitsucariは定量化しにくい会社と社員双方の価値感をデータ化することで、感覚的だった採用基準にデータ分析を持ち込んで適材適所を実現し、離職率を下げていく可能性を持つソリューションと言えよう。
ここまで見てきた人事ビッグデータの活用は、人事データの一元管理や仕事への価値感や感性のデータ化といった「見える化」「記述型分析」。そして、採用に結びつくであろう求職者のレコメンドといった「予測分析」と言える。今後はさらに一歩進んで、人事ビッグデータから対応策を示す「指示型分析」へ進化していきそうだ。その一例を紹介する。
社員の離職をどう防ぐか助言
世界で1000社以上が導入しているというクラウド型人事管理システム「Workday HCM(ヒューマンキャピタルマネジメント)」は、グローバル企業の全世界の社員情報を一元管理して可視化できるほか、人材の採用・育成・配置やワークフォースプランニング、パフォーマンス管理といった統合的人材管理を1つのプラットフォーム上で実現している。国内でも、日産自動車やファーストリテイリングなどが導入しつつある。
このWorkdayには、機械学習によって離職リスクを自動算出する機能がある。横軸に離職リスク、縦軸に人事評価をプロットしたグラフを表示して、「評価が高い社員のうち離職リスクが高い社員」がすぐに分かる仕組みになっている。

「2年半以上使うと、過去に離職した社員のデータを機械学習して、離職リスクを算出できる。しかも、(グラフ上の)一つひとつのポイントをクリックすると、一人ひとりの状況を詳細に見ることができるほか、どんな対策を講じればいいのか、レコメンドする。導入期間が長い米国企業などが既に活用していて、離職率を下げている」と、米ワークデイの宇田川博文HCMプロダクトマネジメントディレクターは話す。
「同じ部署に長く在籍しているので異動させたほうがいい」とか、「しばらく給料があまり上がっていないので昇給させたほうがいい」といったレコメンドが出る仕組みになっている。しかも、「昇給させたほうがいいというレコメンドを出したのに給料を上げなかったという事実も把握できる」(宇田川ディレクター)。
見える化するだけでなく、これまでは収集できなかった人事情報を加味して適材適所を実現したり、パフォーマンスの高い社員を離職させないための施策を提案する最新のツールが使えるようになったりしてきた。データの充実だけでなく、AI分析によって可能になってきたと言える。
現段階では、新卒・中途採用、人事異動、評価、離職防止といった段階別の人事ビッグデータの活用が中心だ。今後は、大丸松坂屋の松田取締役が期待するように、各段階のデータを統合し、一貫した分析で、活躍する社員を採用するにはどうしたらよいのかといったことも分かるようになるはずだ。
社内外の新鮮で多様なデータを統合して新たな価値を生み出す──。人事ビッグデータが目指す先は、あらゆるビッグデータ活用と同様。本特集で紹介した各社の創意工夫は、接客、教育など人を対象とする様々な業務にも応用できるだろう。