採用、人事異動、評価、離職防止まで人事ビッグデータの活用が広がる。「適材適所」の人材活用をいかに実現するか、各社の取り組みを追う特集の第1回は、J.フロントリテイリンググループで始まったタレントマネジメントを解説する。
J.フロントリテイリンググループが、重点施策の1つと位置付ける東京の銀座地区再開発プロジェクト(2017年1月末竣工予定)。大丸松坂屋は同プロジェクトに新卒入社3年目の若手社員を抜擢した。
同社では新卒社員は少なくとも3年間、既存の店舗を中心にトレーニングを受けるのが慣例だ。それを覆す人事が実現できたのには、理由がある。グループを挙げて人事データの一元管理を進め、社員のスキルや適性などを把握できるようにしたからだ。人事データの「見える化」が決断を後押しした。
J.フロントはサイダス(東京都港区)のタレントマネジメントシステム「CYDAS.com」を昨年4月に導入し、人事データの一元管理を進めている。タレントマネジメントシステムとは、経営戦略に合わせて人材を採用、配置、育成などをするためのシステム。人事部が把握している人事情報(評価、異動配置など)に加えて、社員一人ひとりに関する現場のナマ情報を一元管理できるようになった。大丸松坂屋の約5500人の社員はもとより、グループ全体の約1万1500人の社員について情報を把握できる体制が整った。

人事考課が紙のやり取りからパソコンでの入力になりデジタル化されたほか、社員が能力やスキル、性格、やりたいことなどを自己申告できるようにもなった。
新規事業に最適な社員を抽出
新しい事業に取り組みたいという経営ニーズに対して、多くの企業の人事部はこれまで、「候補者が見当たりません」と答えるしかなかった。判断するデータが乏しかったからだ。
しかし、J.フロントはデータの一元管理で最適な人材を候補として提案できるようになった。大丸松坂屋百貨店業務本部長兼コンプライアンス・リスク管理担当の松田弘一取締役兼執行役員はこう話す。
「タレントマネジメントシステムの導入で、これまでやりきれていなかった、適材適所の人事を実現する体制が整った。しかも、グループを横断した約1万1500人の社員一人ひとりを一元管理できることによって、経営が求める人材をグループの中から素早く抽出して提案できるようになった。グループ内に該当者がいなければ、外部から最適な人材を求めることが迅速にできるようになった。その結果、意思決定のスピードが上がった」
大丸松坂屋では、社内外を問わず、「適材適所」を実現していくうえでタレントマネジメントシステムが徐々にではあるが、機能しつつあるようだ。

今後は、新鮮で多様性のある新たなデータを加えて、人事ビッグデータの価値を高めようとしている。その一例が、CYDAS.comの社内SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)機能「ストリーム」の活用だ。
ストリームの一機能である「チャンネル」は、会社からのお知らせやプロジェクトメンバーの募集、成果報告、社内サークルの活動状況といった様々な情報が行き交うデジタル掲示板だ。また、社内コミュニケーションを活性化させる「ランチマップ」、愛読書を登録する「みんなの本棚」などの機能も備える。
こうした社員の書き込みを把握することで、どんな考え方をしているのか、どんなことに興味を持っているのかを知ることができる。社員自らが発する貴重な人事ビッグデータと言える。しかも、日々蓄積されていくので、常に新しい情報だ。
社員検索についても、基本情報だけでなく、プロジェクトの経験や特技、趣味などまで共有・検索できる。社員自身が更新した情報が反映されるため、人事情報は常に最新の状態になるという。
統合基幹業務システム(ERP)「HUE」を提供するワークスアプリケーションズ(東京都港区)も、社員が自ら発するデータに着目する。HUE開発チームの佐崎傑Vice presidentはこう話す。
「これまで、社員一人ひとりがプロジェクトでどんな役割を果たしたのか、どういう発言をしたのかといった高度な情報を集める手段がなかった。しかしこうした情報に対する企業の人事部からのニーズは高い。そこでHUEでは、その人の人となりや人事部に出していないスキルなどを自分で入力できたり、ほかの社員などが書き込めたりできるような機能を加えている。コンシューマーの世界では当たり前の機能を盛り込んでいる」と話す。
HUEは、メールやチャットでコラボレーションできる機能を備える。必要なスキルを持っている社員を簡単に探すことができて、気軽に聞くことができる仕組みになっている。こうした情報を生かせば、社員一人ひとりをよりよく知ることができ、適材適所の人事につながっていくとみられる。
優秀な社員の特性を知る
入社3年目の社員を新事業に抜擢したように、Jフロントはタレントマネジメントシステムによって高い成果を上げる優秀な社員がどんなタイプなのか、把握できるようになった。
例えば、大丸松坂屋のお得意様営業部(外商部)に所属する社員約600人のうち、売り上げが多い社員は「リスクテイクができ、達成意欲が強い」ことが分かった。これはCYDAS.comを導入するに当たって全社員に行った「キュービック」というパーソナリティーを知るアンケートの回答などを分析した結果だ。ちなみに、大丸松坂屋の一般的な社員は「几帳面で持続力がある」という。

「今後は、タレントマネジメントシステムを新卒採用にもつなげて、ハイパフォーマー(優秀な)社員になる潜在力を持った学生を選べるようにしたい」と、松田取締役は今後の展開の一端を語る。システムを導入して1年。人事ビッグデータの活用によって適材適所の人事を目指していく。