スマホの普及によって、ユーザーの健康や身体に関するデータはこれまでと比べものにならないほど外部と連係しやすくなっている。健康ビッグデータをテーマにした特集の最終回は、そうした連係事例を中心に取り上げる。

 スマホの普及によって、ユーザーの健康や身体に関するデータはこれまでと比べものにならないほど外部と連係しやすくなっている。

企業の検診データを個人連係

 例えば、ウエルネスデータ(東京都千代田区)の健康アプリ「JouleLife」は、健康診断のデータを取り込むことができる。「転職や独立が珍しくない時代。検診データを一元的に管理して持ち運びできる仕組みが必要と考えた」(ウエルネスデータの星野栄輔代表取締役)。

 企業の健康診断を手掛ける、春日クリニックなどを有する同友会グループとデータを連係可能だ。同グループは企業と契約して年間約50万人の検診をしており、所属組織が同グループを採用していればデータを連係することが可能となる。

 検診を受けて2~3週間すると、診断結果とともにデータ連係の登録キーと暗証番号が送付される。それをアプリに入力することで、結果のデータを取り込むことができる。

 その結果を基に100万人のなかでどの程度の健康状態にあるのか、同年代同性のなかでどの程度のポジションにあるのかが分かる。100万人のデータは、同社のユーザーと外部のデータを掛け合わせて推計している。

情報開示先と暗証番号の入力で、健康診断結果が連係できるウエルネスデータのアプリ
情報開示先と暗証番号の入力で、健康診断結果が連係できるウエルネスデータのアプリ

薬を飲むと医師に自動通知

 薬の包材メーカーのカナエ(大阪市)はセンサー付きの錠剤パッケージを開発した。錠剤パッケージは送受信モジュールにセットしてスマホとデータをやり取りして、サーバー側に薬を取り出した情報を送る。錠剤パッケージの裏にセンサーの線が入っており、錠剤を出して線が切れたことを検知できる仕組みによって実現している。

 医師は処方した薬を患者が指定した量と時間で飲んだかどうか、確認する術がない。「そうした不安を聞いたのが開発のきっかけで、解消することで患者の回復も助けられる」(カナエの田中勝人社長)。

 現在のところはサプリメントを錠剤として入れた実験に成功したところで、実用化は未定だ。コストについては「仮に1年間利用すれば、1錠当たり10~20円程度のコストアップの試算だ。それでも回復するメリットがあり、飲まれないムダな薬の処方も抑えることができるようになる可能性もある」(田中社長)と見込む。

カナエの服薬管理システムは、患者がきちんと服薬しているかどうかを確認できる
カナエの服薬管理システムは、患者がきちんと服薬しているかどうかを確認できる

企業を越えた健康データ共有

 健康に関するデータは人の感覚によるものも多く、入手できないものも少なくない。こうした課題の解決に複数の企業が乗り出した。

 NTTデータ経営研究所が事務局となってデータの収集と分析を行っている「ニューロアーキテクチャー研究会」がそれである。旭化成ホームズ、NTTデータ、竹中工務店、パナソニック、フジクラ、東京大学、お茶の水女子大学が参加。それぞれの企業のオフィスや従業員の自宅において、環境データと快適度合いや疲労感などを計測し、分析を行っている。従業員にウエアラブルのセンサーも装着した。

 解析結果のデータはデータベースとして集約し、参加各社がそれぞれの事業などで活用していく。マーケティングや、製品開発など幅広い分野での活用を想定。竹中工務店や旭化成は建物の設計、パナソニックは空調や照明製品の設計の開発などにそれぞれ生かしていく考えだ。フジクラは従業員の健康増進を掲げる「健康経営」の推進に活用する。

 2015年からデータの収集を始めており、「現時点では第一段階の集計が終わったところで、組織の差異などの全体像が分かった。パーソナライズした施策を打つために、個人と環境についてさらなる情報が必要と感じている」(NTTデータ経営研究所の萩原一平情報未来研究センター長兼ニューロイノベーションユニット長兼デジタルコグニティブサイエンスセンター長)。

理研中心に60以上の団体が参加

 関西では理化学研究所を中心に産学協同で健康ビッグデータ関連の製品やサービスを開発する動きが始まった。「健康“生き活き”羅針盤リサーチコンプレックス」と呼ぶプロジェクトで、製薬や食品、スポーツ用品メーカー、家電メーカーやIT企業など46社、自治体や大学など17機関が参加して、ノウハウなどを持ち寄る。

 疾患状態に至らずに健康を維持するために必要な、製品やサービスを生み出す取り組みだ。2015年度から始まっており5年間の計画である。

 理研の健康生き活き羅針盤リサーチコンプレックス推進プログラムの堀洋連携促進コーディネーターは「健康を維持できず、疾病に至るのは何が要因か、体の中で何が起きているのかを把握する必要がある。そのうえで異常を早期に検知、介入するための指標や方法も確立する。特に日本人など東洋の体質と環境にあった課題を解決したい」と説明する。

 メーン拠点となる神戸の理研のビル内には、研究室だけでなくコワーキングスペースや飲食を伴うワークショップが可能なエリアも設け、参加する企業や団体同士が交流できるようにしている。

 一方、製薬企業など約70社・団体が集まって、AIによるビッグデータ解析で創薬などに取り組むライフインテリジェンスコンソーシアムも新薬の開発と並行して健康状態の維持について取り組んでいく考えだ。

 コンソーシアム代表の京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻 ビッグデータ医科学分野の奥野恭史教授は「当初は製薬企業が中心となったが、食品や消費財などの分野にも広げていきたい」と言う。

 健康情報学が専門の東京大学大学院教育学研究科の山本義春教授は2016年9月、健康データの収集や活用を検討する産学協同の「ヘルスケアIoTコンソーシアム」を立ち上げた。健康データを流通させる技術を標準化したり基盤を構築したりする計画で、メンバーに弁護士などの専門家を据えている。「2018年までに標準化を踏まえたプラットフォームの設計を終えて、2020年頃をめどに基盤を運営したい」(山本教授)。

神奈川県はアプリで健康管理

神奈川県が提供している「未病」の判定サービス
神奈川県が提供している「未病」の判定サービス

 病気にかかる前の状態とされる未病(みびょう)の対策については神奈川県が積極的に取り組んでいる。

 県のサイト上で質問に答えるだけで未病の状態かどうかを判定するサービスやアプリを提供している。

 アプリはスマホに無料でダウンロードして体重や血圧などのバイタルデータを登録するもので、3月中に提供を始める見通しだ。外部の電子お薬手帳や電子母子手帳、健康アプリとAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)を利用したデータ連係が可能である。また、父親が代表となって家族の予防接種などの情報を管理することもできる。

 これらの情報は神奈川県のサーバーに厳格なセキュリティで保管することで非常時の健康管理にも役立てている。「災害時などにそれを利用していただくことで、服薬している薬を出すことができる」(神奈川県政策局 ヘルスケア・ニューフロンティア推進本部室ヘルスケアICTグループの坂本豪朗グループリーダー)。

保険も健康ビッグデータに関心

 保険業界にとっても契約者の健康データは大きな関心事と言える。健康を支援することができれば、契約者の生活の質向上と、保険料の支払い削減を両立できるからだ。FiNCに対して明治安田生命や第一生命保険が出資しているのもこうした流れのなかにあると言える。

 例えば、アクサ生命保険は2014年、契約者に健康アプリ「Health U」の提供を始めた。松田貴夫取締役専務執行役兼チーフマーケティングオフィサーは「保険会社として契約者をどのように支援できるのかを模索してきたが、健康アドバイスをするには健康診断などのデータが足りない。顧客のメリットを考えて情報のプラットフォームを構築し、様々なサービスと連係する方向性を検討している」と明かす。

米国では医師がアプリを処方する

 「あなたの症状を改善し健康を維持するには、薬ではなくスマホのアプリを処方します」

 米国では日本の厚生労働省に当たる米食品医薬品局(FDA)がアプリを認証し、生活習慣病などの改善に医師がアプリを処方し始めている。アプリの処方が医療費として認められているのだ。

 現在の日本では考えられない状況だが、食生活の改善のように行動を変化させるためには、常に身につけているスマホのアプリで管理した方がいいという考え方だ。

FDAが提供する認証済みアプリの情報ページ
FDAが提供する認証済みアプリの情報ページ

 ヘルスケア業界に詳しい経営共創基盤の塩野誠取締役マネージングディレクター/パートナーは 「米国では医師がアプリを処方するなどの政策が実行されているが、皆保険制度ではないということだけでなく、病院や医師に対して新たな取り組みをするためのインセンティブとして資金面での手当てまで設計して実行をしている」と解説する。

 翻って日本はどうか。各社とも「医療」との距離に注意しながらビジネスを進める。

 例えば、ライフビジネスウェザーの健康みはりの助言は医療行為ではない。ただ、リハビリ期間は、治療と日常生活が混在する。「そうした部分について医療機関と連携して情報を提供していければと考えている」(前田取締役)。

服薬情報などを医師とやり取りできる ウェルビーのアプリ
服薬情報などを医師とやり取りできる ウェルビーのアプリ

 一方、生活習慣病などの管理アプリを開発するウェルビー(東京都中央区)は、高血圧や血糖値、精神疾患などを管理するアプリを医療機関などに有償で提供している。服薬の管理ができたり、継続的に通院してもらえたりすることで、医師が患者に利用を勧めるという。

 ウェルビーのアプリも承認を受けたものではないが、「普及する領域が限られると考え、現時点ではあえて申請していない」(同社)という。

 前出のカナエの服薬管理システムも市場に導入するには、薬事法の承認が必要で「日本では見通しが立っていない」(田中社長)。このため米国など海外展開を模索する。

 各社とも様々なアプローチで展開するが、最終目標は一人ひとりの特性にあったアドバイスをいかに実行させて習慣化させるのかということだ。それには自社のデータだけでは不十分であることを各社は認識し、施策に反映し始めている。

 健康機器で大きなシェアを持つオムロンヘルスケアは昨年11月、スマホ向け健康管理アプリ「OMRON connect」の提供を開始した。アップルやヌーム、ウェルビーなど様々なアプリと情報連係できるようオープン戦略に転換した。

 世界の異業種や大手とベンチャーなどが手を組みながら競争する健康ビッグデータ。競争は激化しつつあるが、まだすべての企業に商機は残されている。

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