健康状態や日々の生活を常に記録し、ビッグデータ分析やAIによる個別対応が可能となった。2020年に26兆円への成長が見込まれる健康市場へあらゆる業界から参入が相次ぐ。4回にわたる特集の第1回は、市場が盛り上がる技術背景を解説する。

「健康ビッグデータ」の市場が活性化する背景
「健康ビッグデータ」の市場が活性化する背景

 2020年に健康関連市場は2011年よりも10兆円増の26兆円。政府が日本再興戦略2016で掲げる目標だ。

 これに向けて通信サービス、気象サービス、素材メーカー、メガネメーカーなど様々な業界の企業が参入している。カギを握るのはビッグデータ、IoT(Internet of Things)、人工知能(AI)の活用。まさに健康の第4次産業革命の様相である。

 武田薬品工業で新事業を担当するデジタルユニットの大塚勝タケダデジタルアクセラレータージャパンヘッドは、「今の時代はコンペティターは製薬業界でないかもしれない。グーグルのように消費者のデータを大量に保有している企業かもしれない。薬単体ではなく、薬プラステクノロジー、つまりアプリで患者の行動を変えていくこといった発想が欠かせない」と指摘する。

 健康の第4次産業革命がこれまでと異なる点は、センサーなどIoT関連技術の発達だ。体の状態を測定するには、これまでは健康診断などで特別な機器を利用する必要があった。IoTでそうした手間がなくなり、継続的に情報を取得できるようになった。常に監視することで予兆を捉えて病気を未然に防ぎ、健康的な生活の実現を目指す。

着るだけで心電が測定可能に

 例えば、NTT持ち株会社の研究部門は「着るだけで生体情報が計測できる」という機能素材「hitoe」を東レと開発した。NTTの持つ素材技術と東レの繊維技術を組み合わせ、ウエアなどを着ることで常に心拍や心電が取得できるセンサーを実現したのだ。

 「心電は一般に健康診断の時に計るだけだった。これが常に分かるようになることで、様々な予兆を把握できるようになる」(NTT研究企画部門サービスプロデュース担当の久野誠史担当部長)。心電のパターンからリラックスしているのか、緊張しているのかなどの情報を得ることができるという。

 スポーツウエアに活用すれば、筋肉の動きに連動した心電を見ることで、データに基づくより効果的なトレーニングに生かせる。工事現場の作業員に着てもらえば、「心拍数が上昇し続ければ、熱中症の危険を把握できる」(NTTの久野担当部長)。

 また、NTTと独SAPはグローバルな協業のなかでhitoeを活用。福井県福井市の京福バスで、hitoeを運転手に身につけてもらい、心拍数などの変化から、心理的な安定度や疲労度を測定する実験を行った。バスの挙動のIoTデータと掛け合わせることで、運転手の心拍がどのような状態に影響されているのかなどを分析している。

 hitoeは医療用の認可も取得している。このため心臓に疾患のある人が在宅で常に心臓の状況を医療機関に送信。医師側でデータを常に監視し異常を早期に認知できる。

睡眠時の脳波も簡単に取得可能に

 取得できる生体情報は増え続けている。企業に対して睡眠改善プログラムを提供しているニューロスペース(東京都千代田区)は、睡眠時の脳波を計測する技術を開発した。

 ナイトキャップにセンサーを3点で装着し、小型のチップで信号を処理。データをスマートフォンなどで管理できるようにする予定だ。「脳波を計測するとノイズが多くのってくる。独自の信号処理技術でそれらを除去できるようにしたのが我々の強み」(小林孝徳社長)という。

 ニューロスペースはパナソニック ソリューションテクノロジーと提携。ニューロの脳波センサーとパナソニックの着衣型センサーの情報を掛け合わせて、一人ひとり個別の睡眠改善指導を行うコンサルティングサービスを提供していくという。

帝人は3万人の睡眠データ“買収”

 睡眠のデータには大手企業も目をつけている。

 帝人は2015年3月、睡眠関連サービスを提供する、ねむログを買収した。買収額は非公表だが、ねむログが2006年から収集してきた利用者の睡眠データを入手したことになる。買収時点では約3万6000のユーザーで、睡眠時間を手入力やSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)からの投稿で記録できるサービスを提供。全ユーザーの性別や年齢、血液型や労働時間、酒の摂取などで睡眠時間の集計を可視化できるなどのサービスも提供していた。

 帝人は無呼吸症候群向けの医療機器を手掛けていた。帝人 ITヘルスケア・プロジェクトの濱崎洋一郎プロジェクト・リーダーは「睡眠不足や睡眠時間が不規則な人は、通常の人に比べて、心身の健康に問題がある場合が多い。企業は健康経営を重視し始めており、健康に関連が強い睡眠のデータを持つねむログを買収した」と言う。濱崎氏は帝人出身で、ねむログの社長も務めている。

 帝人は2016年にねむログのサービスを自社の睡眠情報サービスのアプリ「フミナーズ睡眠コーチ」と統合した。スマホで睡眠時間を記録したり、生活習慣を尋ねたうえで、お薦めの生活行動を提案してくれるものだ。例えば、「寝る前は脳と体がリラックスできるように心がける」などのアドバイスを与えてくれる。

 睡眠のビッグデータを分析したところ、時間が長い・短い、規則的・不規則の2軸で大きく4つのクラスターに分かれるが「短くても規則的なクラスターは比較的健康なことが分かっている」(濱崎氏)。ゆくゆくは海外市場にも展開する考えもあるが「まずは睡眠時間が一番短いとされる日本でデータを分析し、ノウハウを蓄積したい」(同)と言う。