デジタル変革を積極的に進める三越伊勢丹特集の最終回は、数々の実験の先に待ち受ける収益への貢献や将来展望を、変革を推進する2人のキーパーソンに語ってもらった。「データがビジネスの主戦場」となる今後、収益化のカギはパーソナライズ化にあるという。
大西社長は「2018年度の営業利益500億円」を目標に掲げる。常に顧客を引きつける魅力的な空間にし続けるには、店舗のリニューアル費用は欠かせない。500億円ぐらいは必要という見立てだ。そのためにも今後3年間で営業利益を130億円引き上げなければならない。
三越伊勢丹ならではの商品を企画。そして、売れ残るリスクはあるものの収益性が高い「全品買い取り」を増やしつつあるのは、そのためだ。ここ数年「現場力」強化の旗を振り、販売員の「売り切る力」を高める施策を講じている。
営業開始時間を10時から10時30分に遅らせて営業時間を減らしたり、定休日を設けたりするなど、販売員が販売に集中できるようにした。さらに営業時間を減らすことも検討している。給与体系を見直して、販売力のある販売員の給与を高めようとしている。
AIを活用した接客のトライアルも、現場力を高めたいという狙いがある。AIなどデジタル技術でできることは任せて、販売員の負担を軽くし、その分顧客とのコミュニケーションや手紙を書く時間などを増やそうというものだ。
デジタルで40億円超の増益期待
2018年度への130億円の増益目標(2015年度比)のうち、40億~60億円はこうしたデジタル活用で見込んでいる。一方で、顧客データベースなどのシステム基盤から、店頭でのデジタル施策、新事業の創造までのデジタル戦略へ、2016年度から3年間で90億~110億円の投資額を予定する(2016年3月期第2四半期の決算説明会資料より)。

デジタル活用プロジェクトを牽引する北川氏は社内外の人間と数多くのミーティングをこなしつつ、知恵を絞りながら段階的に進めている。
その北川氏は「2018年度のEC売り上げを300億円に高めるという目標を持っているが、上振れさせたい。来年度上半期にはラグジュアリーのECサイトを立ち上げる。ECの売り上げを高めていくのが狙いだ。いずれはECや店舗に関係なく、お客様にストレスなく購買できる接点や機会を提供したい。(社長の)大西とは日々議論している」と話す。
ラグジュアリーのECでは、今までのECにない三越伊勢丹ならではの魅力的なものを目指す。「店舗を軸にした購買体験、ここでしか出合えない商品の提供など、店舗とオンラインを融合させたい」と北川氏は意気込む。
「データがビジネスの主戦場」
体の厚みまで正確に測定できる3Dスキャニングの導入も検討している。その背景を「これからはデータがビジネスの主戦場になると思っている」と北川氏は説明する。
例えば、「顧客の好みや購買データ、商品データが簡単にマッチングできる技術が既に世の中に出ている。体のデータも加味すれば、お客様の好みに合うだけでなく、体にぴったりした商品を選び出して提案することがすぐにできてしまう」(北川氏)といったことが可能になる。さらに、「体のデータがあれば、1~2秒後にはシャツのパターンが出来上がる。そしてパターンデータを3Dプリンターに送り、何らかのデザインが印刷されて布がカットされて出てくれば、あとは縫うだけになる。こういうことが当たり前になってくると、洋服を棚に置いておく割合を減らせるかもしれない」と、北川氏はデジタル技術の可能性について持論を展開する。体のサイズのデータは、ECでの注文にも使えるようにする。
それではAI接客の実験の意義は何か、北川氏は明確に語る。
「スタイリストによるアナログの接客だけではやりきれないことが、AIの活用でできてしまう。すべてのものがデータ化されれば、アナログを超える提案が、デジタル技術の活用で可能になる。ただし最後は、我々の会社の矜持としても、デジタルでのお薦めの後に、スタイリストとの会話を通じてもう一押しして、お客様が本当に欲しいものにたどり着いていただけるのではないかと考えている」
収益化のカギはパーソナライズ化
デジタル変革が三越伊勢丹の収益に貢献するためには何がカギになるのか。北川氏はパーソナライズだと答える。「パーソナライズ化されて1人ひとりのニーズが分かってくると、需要の予測精度が飛躍的に改善され、商品の買い付けのやり方も変わってくる。ただし、爆発的なヒットが出にくくなるので、顧客が予期しない新しい提案をしていく本来の力が求められる」(北川氏)と言う。
三越伊勢丹のデジタル変革を実践するうえで欠かせない人物が、もう1人いる。三越伊勢丹ホールディングス顧問で、三越伊勢丹システム・ソリューションズの小山徹社長だ。小山社長は「これまでの延長線上にない、お客さまにとって価値ある接客を実現できるかどうかが大きなポイントになる。そのためには、顧客情報の一元化と、店舗やウェブサイト、デジタルサイネージ、ECサイト、エムアイカード、(提携する)Tポイントカード、モバイルアプリなど、お客さまの接点がすべてつながっている必要がある。しかも、すべてをクラウド上に置く。その実現に向けて日々奮闘している」と話す。

「例えば、ISETANナビ。今はお客様の個人名を入れていないが、いずれ入れられるようにする。そうすれば、お客様がデジタルサイネージに近づいたら、ニーズを察知してその人に合った情報を表示できる。いずれデジタルサイネージとISETANナビをつなげる」と解説する。
小山社長は2014年4月、三越伊勢丹グループの根幹であるシステム基盤の構築・運用を一手に引き受ける、約400人の社員を抱える企業のトップに就任した。三越伊勢丹に加わる以前は、製薬会社や日本IBMなどでIT関連の仕事に従事してきた。北川氏同様、最近になって三越伊勢丹に加わり、これまでの百貨店の社員にはない新しい発想で大西改革の担い手を務めている。
「三越伊勢丹には350年の歴史があり、それだけに過去からの延長線上にない接客を提供していくのはものすごく難しい。ただ、(デジタルに浸っている)30代や40代への接客と、50代以上向けは違う。また、外商個人ではなく、会社としてお客様に対応できるようにしたい」(小山社長)と展望する。
今年春以降、三越伊勢丹の各店舗でカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)のTポイントカードでポイントがためられるようになる。Tポイントの5500万人の会員は魅力的だ。さらにCCCとはマーケティングの合弁会社を設立する。デジタルマーケティングで色々な仕掛けを考えているという。
4月以降には収益への貢献も期待されるAI接客。三越伊勢丹のデジタル変革の先導役として、「現場力」強化の成否が注目される。